ゆとり教育
近年の教科書を見ますと、以前と比べて教科書のページ数が増えてきました。分かりやすさ、学びやすさのために、教科書のレイアウトや文章が工夫されている、という側面もあります。
しかし、1990年代後半から始まった「ゆとり教育」という言葉は、死語になりつつあります。文部科学省も「ゆとり教育」を推奨しておりません。では「ゆとり教育」を受けた現在の20代から30代は運の悪かった世代ということになるのか。
俗にいう「かわいそう」という状態です。皆さん、ゆとりという言葉は日本語で、非常に温かい言葉です。私たちをほのぼのとさせる言葉です。ところがそれを小中高の学生にやると、「おまえたちは勉強しなくていい。どうせ根が続かないから休め」。すなわち、「おまえたちはバカのままでいいのだ」と、そういう話です。
私が大学で教えていた時に、ゆとり教育について私が「あんなものをしやがって」とぼろくそに言ったのです。そうすると私の前に座っていた、60人か70人いた大学生はちょうどそのゆとり教育から出てきた学生さんですが、じっと下を向いています。
1人の勇気ある男の子が手を上げて「西先生、僕たちはゆとり教育で何か大きな損をしたのですか」と聞きました。俺はかわいそうで泣きそうになりました。学生たちはそれでハッと気がつくわけです。「俺たちはゆとり世代だ」と。そして、文部省がそれをやったと。誰か謝ったのですか。

責任の所在
「ゆとり教育」の失敗に対して責任を取ったという事例が全く出てきません。ないのです。皆さん、何で日本の政府はドジりまくるのに、誰一人責任を取らないのか。責任を取れない人が政治家になってはダメです。昔の侍を持ち出す訳ではないですが、ドジったら責任を取るのに切腹をしていました。切腹しろとは言わないけれど、おい、みんなの前に出て、「私がこれをやりました」と謝りなさい。そうすると日本人だから許してくれます。
しかしながら、謝る勇気がないのです。自分がガーッと推して、ドジっているのに謝るという謙虚さもないのです。自分たちが上で、俺たちが地面にいる平民なのです。だから「平民に謝ることはない。それよりも早く税金を納めろ」です。皆さん、これを何十年やっているのですか。
私が心配しているのは、このシステムが日本中に、もう竹の根みたいにどんどんと深く地中まで広がっていき、私たちの勢いがなくなっていくことです。この小さな島でどんどんと内向的になってしまい、外にでていって「やるぞ!」という人がますます少なくなっていく。これは大問題です。
西鋭夫のフーヴァーレポート
2021年5月下旬号 教科書検定-6
この記事の著者
西 鋭夫
1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。
西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。

