ジフテリア
日本がかつて感染症蔓延の危機にさらされていた時代、すなわち第二次大戦後のアメリカによる占領時代のことをお話しします。フーヴァー研究所の地下室にあるアーカイブスには、日本の占領期の史料が膨大に保存されておりますが、その中にはGHQで公衆衛生と医療を担当したサムス准将の史料があります。医学博士号を持つサムスは、軍医という立場から、日本の占領政策に関わった人物です。
もし私が「占領時代において、一番尊敬する人物は誰かいるのか」と聞かれたら、このサムスを挙げます。この人はいわゆる医者として素晴らしかっただけでなく、戦争を戦ってきて、いろんな男たちの傷を診たり、治したりしました。
日本との戦争にも参加しております。サムス准将はマッカーサーたちと一緒にフィリピンに来ていました。その時に色々な情報を集めておりました。日本に入っていたスパイからは、「日本で今ジフテリアが猛烈な勢いで流行しております。日本政府はどうしていいか分かりませんし、ほとんど注意も払っておりません」という連絡が来ていました。皆さん、ジフテリアは死ぬのです。
占領前の事前準備
そうすると、アメリカ軍はこれから日本の東京に入るので、「さぁ、大変」となりました。それではジフテリアの薬をフィリピンで作ろうということになり、作ります。
しかし問題はジフテリアだけではありませんでした。部下からは「天然痘もまだ流行しております」との一報が入ります。「なんだって。そんなものはもうなくなったのではないのか」「いえ、流行しております」とのやりとりがありました。皆さん、天然痘をご覧になったことがありますか。見ようと思えばインターネットで検索するとたくさんの写真が出ています。恐ろしい写真です。天然痘は太古の昔からありました。治療法も分かりません。そして皆さんご存知の牛痘を体に少し入れるという方法で予防に成功したわけです。
皆さん、1945年8月の日本は、戦争に負けて食べ物も満足にありませんでした。飢えている国民は病気にかかりやすい状態です。それでワーッと広がっていく病気、これを止めなければ占領も何もできないわけです。ですからサムス准将がまず取り組んだのはジフテリアと天然痘対策でした。

衛生指導
日本に来てしっかりと対策を行ったつもりが、成果はなかなか上がりませんでした。サムスが「なぜだ」と聞くと、日本では注射やメスを入れる時などにアルコールで消毒するわけです。これを当たり前のようにやっていた。
アルコールで拭いて、その上に種痘をすると、この大切な菌がアルコール漬けで即死なのです。それでサムスは、「おまえたち、アルコールなど使うな。石鹸で十分だし、それさえもいらない。すぐやれ」と言って実行させました。すると、天然痘はピタッと止まりました。
アメリカから見ると日本の医療は原始的に見えました。蚊もたくさんいました。サムスはそれで、「家の近くに池があったら、金魚やコイをたくさん入れろ」という指令を出しました。金魚やコイがボウフラを食べることで、蚊の発生を防ごうとしたのです。
サムス准将ですが他にも「生ごみは土の中に埋めろ」「手をもっと洗え」などと、現在の日本人がきちんとやっていることを当時の日本に命令として出しました。
西鋭夫のフーヴァーレポート
ワクチン争奪戦(2021年1月上旬号)-5
この記事の著者
西 鋭夫
1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。
西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。

