マフィアとの関係
ケネディ大統領とマフィアのドンが同じ女性を愛人にしていた。これは知っている人もいると思いますが、本当の話です。日本人の感覚では考えられませんね。ケネディ大統領には多くの愛人がおりました。ハンサムでお金持ちで世界のトップ、いわば皇帝のような存在ですから、美しい女性たちがワーッと寄ってきます。お付きの人が「おまえはダメだ」「おまえはダメだ」と断るのに苦労したといいます。
マリリン・モンローだけでなく、さまざまな女性と深い関係を持ち、プレイボーイとしても知られていた。そのうえ、マフィアの愛人とも男女の仲になっていたのです。これなら女性問題を理由に、マフィアから脅される可能性も十分あったでしょう。

マスコミの威信
では、なぜ彼の私生活はマスコミに取り上げられなかったのか。1950年代から60年代当時、有名人、とりわけ大統領の女性問題をニュースにするのは、ジャーナリストとして卑しいとされていました。「そんなことを書くためのジャーナリストか」と。だから皆さん、書かなかったのです。『ニューヨーク・タイムズ』のような高級紙ほど、プライバシーを暴くことは品がないとされ、「おまえはそれでジャーナリストか」と言われておりました。
太平洋戦争(大東亜戦争)の時の大統領、フランクリン・ルーズベルトも結婚直後から死ぬまで多くの愛人がおりました。それも新聞社はみんな知っていたけれど、報じないのが普通でした。書けば「品がない」と見なされたのです。ケネディの時も同じでした。
側近の力
とはいえ、ケネディ政権はマスコミ対策にもしっかりと力を入れておりました。まずは人材です。ケネディの側近たちは非常に優秀でした。私は学生時代からアメリカに渡った後も彼らを見ていますが、学者から見てもジャーナリストから見ても、圧倒的に優秀な人材ばかりでした。
だからこそ誰も反抗しなかった。むしろ「教えていただきたい」という存在だったのです。この側近たちは名文を書く力があり、ケネディの著書も彼らが執筆し、それがベストセラーになる。そうした背景もあり、マスコミは彼らに一目置かざるを得なかったのです。
西鋭夫のフーヴァーレポート
ケネディ神話の崩壊(2022年2月下旬号)-6
この記事の著者

西 鋭夫
1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。
西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。