マイダン革命
プーチンさんは大統領に就任以降、アメリカやヨーロッパとの協調路線を模索してきました。しかし、欧米社会は一貫してノーの態度を貫いてきました。そのプーチンさんを激昂させた事件があります。2014年のクーデターです。ウクライナのヤヌコーヴィチ大統領が、政権の座から追われたのです。
報道では、ヤヌコーヴィチ大統領がEUとの協定を見送ったことが原因と見られております。それに怒った群衆が首都キーウの独立広場に集まり、抗議デモを行った。そしてついにはデモ隊と治安部隊との間で武力衝突が起こり、100名以上の市民が犠牲となった事件です。
これで議会はヤヌコーヴィチ大統領を解任し、権力分散を謳った2004年の憲法復活を可決。そして新欧米派の暫定政権を発足させました。ヤヌコーヴィチ大統領はロシアへと亡命です。
背景
このクーデターの背景には何があったのか。囁かれているウワサでは、CIAが関係していると言われております。親露派政権の転覆を狙い、新欧米よりの市民やメディアを登場させ、大規模なデモを行った。そして親欧米派の政権を誕生させたわけです。みんなで選んだ大統領を、「ハイハイ、ダメ。あなたはクビです」とやった。
ウクライナの東部にはたくさんのロシア系住民が暮らしているのです。ロシア語を話し、ロシアの生活をしている。ヤヌコーヴィチ大統領はその住民たちから非常に大きな支持を受けておりました。それを外交問題に絡めてデモを起こし、そこから大統領の解任と亡命へと追いやった。簡単にできる話ではありません。
これを問題視したプーチンさんがついに動きます。この勢いのまま、ロシア系住民が過半数以上を占めるクリミアまで親欧米派が押し寄せてきたらどうするのだ、と考えたのです。そこでクリミア併合に踏み切った。プーチンの横暴と欧米のメディアは報じましたが、その内実はロシアから見れば全くのデタラメ。プーチンはさらなるクーデターからクリミアのロシア系住民を守るために介入したのです。
ゼレンスキー大統領
さて、新たに就任した新欧米派の大統領ペトロ・ポロシェンコさんですが、彼はウクライナ国内における政治的腐敗や汚職を解決できず、支持率が低迷。国民の不満が高まっておりました。
そんなとき、コメディアンだったゼレンスキー氏に注目が集まります。ドラマ「国民の僕(しもべ)」に出演した彼は、政治の汚職を批判した高校教師役でしたが、ドラマの中で大統領になっていくわけです。
その彼がウクライナの実際の大統領選に出て、現職のポロシェンコと戦いました。結果は7割以上の得票数を得たゼレンスキー氏の圧勝です。こうして2019年、ゼレンスキー政権が誕生しました。
西鋭夫のフーヴァーレポート
プーチン・カールソン対談(2024年3月上旬号)-6
この記事の著者
西 鋭夫
1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。
西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。

