踏み躙られた人種差別撤廃条項

by 西 鋭夫 June 20th, 2022

国際連盟の中の日本人

新渡戸稲造は国際連盟の事務次官も務めました。国際連盟は第一次世界大戦後に設立された国際機関です。あの戦争ほどすごい戦争はありません。機関銃に向かって人が波のように向かっていく。すなわち人海作戦が行われたのも第一次世界大戦です。とにかく凄まじい戦争でした。

戦争は4年半ほど続きますが、1919年に平和条約が結ばれます。二度とこのような戦争を起こしてはいけないと誓い、当時の米国のウィルソン大統領が「国際連盟」という国際組織を提唱されました。本部はジュネーブにありました。その事務次官が新渡戸だったのです。



米国第28代大統領ウッドロウ・ウィルソン

おそらく、白人ではない人種が世界的な機関の長になったのは初めてでしょう。彼にはそれほどの名声と実績がありました。

 

人種差別撤廃条項

非常に力のあるポジションですから、新渡戸は改革を実行しようとします。曰く「今の世界を見てごらんなさい。強い国、すなわち欧米、白人の列強ばかりでしょう」と。そして「強い国が全世界に植民地を作り、目も当てられないような人種差別が行われております」と指摘しました。

そして「国際連盟の1条、2条とありますが、その中に人種差別撤廃の項目を入れましょう」と提唱されました。国際連盟の加盟国のほとんどがやんやの喝采です。高く評価されました。

ところが、それに反対した人がおりました。国際連盟を提唱した張本人であるウィルソン米大統領です。人種差別撤廃の項目を読んで「これは省く」と語ったと伝えられています。新渡戸も世界も「えっ」と驚くわけです。

 

新渡戸の勇気

なぜ米国のウィルソン大統領は人種差別撤廃条項に反対したのでしょうか。それは、当時のアメリカには黒人に対する猛烈な人種差別があったからです。全てのことが白人用と黒人用に分かれておりました。バスの席も、レストランの席もそうです。

そんな中でウィルソン大統領がこれを認めたら、米国内での彼の政治生命は終わっていたでしょう。ゆえに反対したのです。

この条項が出来ていたら、世界は現在とは違った状況になっていたのではないか。東洋人である新渡戸がそれを提唱していたという事実と、その勇気は高く評価されなければならないと思います。

 


西鋭夫のフーヴァーレポート
武士道と外交(2018年2月下旬号)-2


この記事の著者

西 鋭夫

西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。

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西 鋭夫

西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。