
From: 岡﨑 匡史
研究室より
「戦争と天気」は、切っても切れない関係です。
現在では、気象兵器の研究・開発まで行われている。
戦争の歴史を振り返ると、天気の予報を的中させることが戦略の練る上で重要でした。
天候を味方につけた者が、勝利を決することさえあったからです。
日本海大戦
1905(明治38)年、ロシアのバルチック艦隊との戦いである「日本海大戦」は、日露戦争の勝敗を分けた。
当時は、軍用レーダーも、気象レーダーもない時代。軍艦の大砲を用いて、海の上で戦うには天気が重要です。霧が出ているのか、波が高いのか、気象条件に大きく左右される。
ロシア軍を待ち構えていた日本は、気象情報を把握し、有利な状況で開戦したかった。
気象学の父
日本海大戦の天気を的中させた気象予報士が岡田武松(おかだ たけまつ・1874~1956・東京帝大物理学科卒・気象学者)。
岡田は、過去の観測データも少ないなか、低気圧の動きを捉えて「天気晴朗にして、風は強く、波高しの状況」と決戦場の気象情報を予測した。
東郷平八郎はこの情報を得て、1905(明治38)年5月27日、暗号電報を大本営に至急で発する。
「敵艦見ユトノ警報ニ接シ 聯合艦隊ハ直ニ出勤コレヲ撃沈滅セントス 本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」
東郷は天気予報の情報をつかみ、「日本海大戦」に挑んだ。
開戦当日の天気は、南西より風が吹いており、天気明朗にして、風は強く、海は白波が立っていた。岡田の天気予報は、ほぼ的中。
岡田武松は、日本海大戦の翌1906年、功績が評価されて勲六等旭日章を受賞。戦後の1949年には文化勲章が贈られ、「気象学の父」と称された。
ー岡﨑 匡史
P.S. 以下の文献を参考にしました。
・古川武彦『人と技術で語る天気予報史』(東京大学出版会、2012年)
この記事の著者
岡﨑 匡史
日本大学大学院総合科学研究科博士課程修了。博士(学術)学位取得。西鋭夫に師事し、博士論文を書き上げ、著書『日本占領と宗教改革』は、大平正芳記念賞特別賞・国際文化表現学会学会賞・日本法政学会賞奨励賞を受賞。
岡﨑 匡史

日本大学大学院総合科学研究科博士課程修了。博士(学術)学位取得。西鋭夫に師事し、博士論文を書き上げ、著書『日本占領と宗教改革』は、大平正芳記念賞特別賞・国際文化表現学会学会賞・日本法政学会賞奨励賞を受賞。

