下駄
私は普段から下駄を履いております。カラン、コロンと音を立てながら歩いております。今の日本ではお相撲さん以外、一般人が日常的に履くことはほとんどないと思いますが、それでも私は十数年、ずっと下駄を履いています。飛行機の中でも、電車の中でも履いております。
スタンフォード大学でも履いていますよ。フーヴァー研究所のロビーは大理石ですが、とても良い音が出ます。校内でもカランコロンと音を立てて歩いておりますと、日本を研究している学生などは足を止めて私のことを見ています。それが何かわかるのでしょう。そうするとよく「先生は京都から来たのでしょうか」と聞かれるので、私は「下駄は京都だけでなく、東京でも、日本全国でも履いておりますよ」と答えています。
日本文化についてよく知らないアメリカ人たちは、もちろん下駄など見たことがありませんから、「それで実際に歩けるのか」などと言われます。私はその時、ニコニコしながら「ひょっとしたら俺はこれで水の上を歩けるのではないかな」などと話します。そうするとアメリカの皆さんはドッと笑います。聖書の中にイエス・キリストが水の上を歩いた、というお話があるからです。私はもちろんそれを知っているので、そう答えるのです。

苦い思い出
さて、久しぶりに日本に帰ってきた時にとても残念な経験をしました。東京駅の近くの立派なホテルの喫茶店に行った時のことです。私の助手と一緒にコーヒーを飲もうとして入ったのですが、呼び止められました。
60歳ぐらいの日本人のマネージャーの方が来られまして「下駄は困ります」と言われました。最初は意味が分かりませんでした。「『下駄は困ります』?どうして困るのですか?」と聞きましたら、「大理石に傷がついてしまうのです」と言うのです。その喫茶店の床は大理石で出来ておりまして、カラン、コロンととても良い音が鳴っておりました。それを傷がつくからやめてくださいとのことでした。私の高級な、柔らかい桐の下駄で大理石に傷がつくのか。つくわけがないのです。大理石にとって一番悪いのはハイヒールです。木で出来た下駄ではありません。
下駄を履いていて初めての経験でした。大きな怒りが込み上げてきましたが、グッとこらえて「あなたは日本人でしょう。ここは日本でしょう」と話しました。そうすると彼は正気に戻ったような、何か大切なことに気づいたような顔になりました。自分自身が「下駄はダメ」などという恐ろしいことを言ったことに気づいたからでしょう。
助手と私はふてくされてその場を離れましたが、あのマネージャーだけを責めることは出来ません。長い間、日本文化の中に息づいてきた下駄ですが、すでに一般的な日常風景の中ではほとんど見かけなくなりました。そして下駄は「特別な時」にしか履いてはいけないもの、例えばお盆や年末年始の時、浴衣や着物、袴などを着るときだけに履いて良いものとなってしまったのです。それ以外は文化財や歴史博物館の一部で展示されるものとなったのです。
西鋭夫のフーヴァーレポート
下駄と日本人(2021年10月下旬号)-1
この記事の著者

西 鋭夫
1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。
西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。