ジャップの躾

by 西 鋭夫 December 6th, 2016

教育使節団の偉業


1946年3月、大戦争に敗れた日本がまたも自己喪失の危機に陥り、「新日本」建設へ向けて歩み始めようとしていた時、アメリカ教育使節団は、日本語の書き言葉を廃止し、ローマ字を採用するように勧告した。

教育使節団は、日本語が日本人の知力を遅らせてきたと主張した。使節団員たちは、自分たちの果たした偉業に確信を持っていた。

例えば、1946年5月9日、アメリカの教育界で最も著名な学者であるコロンビア大学教育学部ジョージ・S・カウンツ教授は、

「もし、我々の行なった勧告の一部でも重要な部分が採用されるならば、教育使節団の日本派遣は現代教育の発展の上で特筆すべき偉業として歴史に残るでしょう。私は使節団の一員であったことを大変な名誉だと思っています」

とベントン国務次官に書いている。

教育使節団の1人、エミリー・ウッドワードは、

「ジャップたちは、日毎にアメリカ人のようになってきている。しかし、彼等が政治経済の新概念を消化するには、まだまだ長い時間が必要である」と言った。


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秘録


そのカウンツが、「私は教育使節団が重大な失敗をした、と思っている」と私に宛てた手紙(1974年5月24日付)で語ってくれた。

「教育使節団は、教育とは常に特定の社会と文化の表現だ、という認識もなしに、日本にアメリカの教育制度を持ち込むべきであると考えていた」。

カウンツは、「教育使節団員の中で以前に日本へ行ったことのある者は私だけであった」とも言った。彼以外の団員は、日本のことを何も知らなかった、という。

しかし、「報告書」の評価を著しく落とした国語ローマ字化は、日本について多少の知識を持っていた、世界的に有名な学者カウンツ自身が、ホール中尉の情熱的な手助けを得て書いたのだ。

そのホールも、カウンツが教授であった名門コロンビア大学へ招聘され、教授になった。

「学識者」という衣を纒った教育使節団の役割は、マッカーサーが進めていた「日本洗脳」、即ち、日本国民の弱民化、「憲法第9条化」を華々しく応援することであった。

その役割は見事に果たした。


この記事の著者

西 鋭夫

西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。

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西 鋭夫

西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。