元号
日本では元号が使われております。西暦ももちろんありますが、国の正式な行事から日常生活に至るまで、元号は日本社会に昔から根付いております。その歴史は少なくとも1300年以上と言えるでしょう。
元号が変わるタイミングは明治時代までは様々でした。天皇陛下が退位されるときやご崩御されたとき、あるいは何か重要な出来事があった時など、時代の節目で変わっていきました。
今、世界の趨勢は圧倒的に西暦重視ですので、元号などはやめた方がいいのではないか、という意見を時々聞きます。しかし元号を捨てるというのは貧弱な発想です。歴史の重みや大切さ、内容の濃さといったものを理解していない方の発想だと思っております。元号はいわば日本の文化、財産です。
中国
中国は日本よりも古い歴史を持つと言われておりますが、その中国では古来、元号が使われておりました。ところが、孫文大先生が辛亥革命を起こしたことで、中国は皇帝の国ではなく、人々の国となります。皇帝がいなくなったのです。そこで中国は元号を廃止しました。
おそらく、中国共産党の親分さんたちは今、「ずいぶん、惜しいことをした」と思っているのではないでしょうか。中国から見ると私たちの国は「小日本」として馬鹿にされておりますが、その国が「元号」という偉大なる文化財産を保持しているのです。羨ましく思っているでしょう。
誰が決めるのか
元号の「名付け親」は不問にされております。問うても明らかにされないだろうし、当人が誰からか質問されたとしてもそれを教えることはないでしょう。
「平成」に決まるまでには様々な候補がありましたが、最終的には「平成」のほか、「修文」(しゅうぶん)と「正化」(せいか)が候補となっておりました。前者は、学問を「修」めるという漢字に、文章の「文」をつけて「修文」です。後者の方は「正」しいという文字に、変化の「化」という漢字を使って「正化」となります。
その候補の中から「平成」が選ばれました。これを選んだ方々はおそらく、著名な陽明学者や中国文化学者、東洋学者、国学者などではないかと想像しております。
昔に遡れば、それは藤原一族や菅原一族の役割だったのではないかと推測しております。そして最終的に上がってきた案の中から、陛下がお選びになったのではないかと思います。
西鋭夫のフーヴァーレポート
2019年1月上旬号「平成史と元号」-1
この記事の著者
西 鋭夫
1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。
西 鋭夫
1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。