A級戦犯とブドウ酒

by 岡崎匡史 September 19th, 2020

blog174.1JPG.JPGFrom: 岡崎 匡史
研究室より

アーカイブス調査による極秘史料の読み解きだけでは、研究は成り立ちません。

ときには、「現場」に足を運ぶことも重要なことです。

もちろん、学問の世界では「現場主義一辺倒」は評価されません。汗をかいているのは分かるが、肝心の知性を働かしているのか? 体験主義に凝り固まって、自分の経験だけが「正しい基準」になっているのではないか? 

このような批判を必ず受けます。だから、机上と現場のバランスが重要になってきます。いきなり現場にいくより、丹念な調査をしてから現場に入ることで、あらたな気づきは得やすくなります。

ここ数年来、「東京裁判」(極東国際軍事裁判)の調査をしていましたが、文献や資料をいくら読んでも分からないことがありました。それは、A級戦犯として絞首刑に処せられた7人が、最後に飲んだ蒲萄酒(ワイン)の銘柄です。

教誨師


巣鴨プリズンで教誨師(きょうかいし)をしていた花山信勝(はなやま しんしょう・1898〜1995・浄土宗本願寺派の僧侶・東京帝国大学教授)は、戦犯者の精神的な助言者として接することが許された唯一の人物です。

花山僧侶は『聖徳太子御製法華経義疏の研究』が高く評価され、帝国学士院恩賜章を授与され、文学博士の学位も兼ね備えていた。英語が話せ、特定の宗派に偏らず、年齢が若いというGHQが求める条件に最も適っていた。

1948(昭和23)年12月23日、絞首刑の判決をうけた7名は二組に分けられた。巣鴨プリズンには死刑台が五基しかなかったので、二回に分けて死刑を執行するためです。

一組目:土肥原賢治、松井石根、東條英機、武藤章
二組目:板垣征四郎、広田弘毅、木村兵太郎

彼らは手錠を掛けられ米軍の作業衣姿で独房から、花山僧侶のいる仏間に降りてきました。

花山僧侶は仏前で線香を焚き、彼らに一本ずつ手渡し、香爐に線香を立てさせた。そして、仏前の前で奉書に筆で「署名」をしてもらう。これが、彼らにとっての絶筆です。そして花山僧侶は、コップ一杯の葡萄酒を口につけるようにして飲ませてあげたのです。

A級戦犯が飲んだ最後の葡萄酒


この蒲萄酒の銘柄が、どうしても気になっていました。米軍用に配給されているワインなのではと思っていました。しかし、実際は違っていた。刑務所には聖職者のチャプレン(神父・従軍司祭)がいるので、彼らが儀式のときに利用していたワインでした。

なぜ、確信を持てたのか。それは、花山僧侶が東京裁判の資料を個人的に蒐集しており、そのコレクションのなかに蒲萄酒のビンが展示してあったからです。花山僧侶は、石川県金沢市にある宗林寺12代目の住職。宗林寺の地下室には、東京裁判関連の資料が保管されています(註:見学には、事前の予約が必要です)。

7人が飲んだ最後の葡萄酒は、「ノヴィティエイト」(Novitiate)という聖餐式用の赤ワイン。残念ながら、現在製造されておりません。ノヴィティエイトとは「修練院」という意味。イエズス会の神父たちがカリフォルニア州ロスガトスで、1888年から1986年までワインを生産していたのです。ロスガトスは、スタンフォード大学から車で30分ほどの距離にある静かな街で、現在でもワイナリーが点在しています。


戦犯者たちは、カトリックの典礼で用いられる赤ワインを飲み終えた後、別れの水盃(みずさかずき)を交わす。紙コップの水を花山僧侶が少しずつ飲んでは、一人ずつ水を酌み交わした。

花山僧侶は、最後に浄土真宗のお経である「三誓偈」(さんせいげ)を高らかに読み上げたのです。


ー岡崎 匡史

PS. 以下の文献を参考にしました。
・花山信勝『平和の発見』オクターブ、2017年
・花山勝道「父の背中 花山信勝」『北国文華』第21号、2004年

この記事の著者

岡崎匡史

岡崎匡史

日本大学大学院総合科学研究科博士課程修了。博士(学術)学位取得。西鋭夫に師事し、博士論文を書き上げ、著書『日本占領と宗教改革』は、大平正芳記念賞特別賞・国際文化表現学会学会賞・日本法政学会賞奨励賞を受賞。

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岡崎匡史

岡崎匡史

日本大学大学院総合科学研究科博士課程修了。博士(学術)学位取得。西鋭夫に師事し、博士論文を書き上げ、著書『日本占領と宗教改革』は、大平正芳記念賞特別賞・国際文化表現学会学会賞・日本法政学会賞奨励賞を受賞。