戦後教育の宿命

by 西 鋭夫 October 5th, 2026

黒塗り教科書

私の家には本がたくさんありました。その中に、大日本帝國の領域が赤く塗られた地図がありました。中国大陸や太平洋、南太平洋と、ワーッと赤く塗ってある。それを勉強のために学校に持っていきました。敗戦直後の小学校でのときのことです。

そうすると、昨日まで「一億総玉砕」と言っていた先生が、「西君、それはもう使えないよ。もう日本帝國はないのだ」とおっしゃった。私はまだ六歳。「先生、なぜダメなのですか」と聞くと、マッカーサー元帥のお触れだという。だから家に持って帰りなさいと言われた。

使われた教科書には、戦争を賛美する箇所が墨で真っ黒に塗られておりました。「墨塗り教科書」というやつです。子どもにとっては、昨日まで習ったことが今日は読んではいけないことになる。何とも不思議な経験でした。

 

体験談

新しい教科書が十分にそろうまで、先生は「それでは僕が少しお話をしよう」と、自身の体験を語ってくださいました。若い男の先生には戦争から帰ってきた人がいました。女の先生にも、戦時中に看護などに携わった方がいました。私たちは座って、じっと先生たちの体験談を聞きました。東南アジアで食べ物がなかった話、飢えた話、病気の話、戦友が死んでいった話。そういう話に、みんな興味津々でした。

体験談が面白かったので、国語の教科書が届いたときはつまらなく感じました。「たろうくんとはなこさんが……」という文章を見て、「何だこれは」と思うのです。家で本を読んでいた子にとって、教科書の内容はあまりに簡単でした。もちろん、すべての子が同じだったわけではありません。ただ私は、子どもの力をもっと信じてほしかったのです。

GHQは教師にも改革を求めました。戦前の教育を担っていた先生が、今度は自由や平和を教える側になる。しかし、六歳のガキに「平和が大切だ」と言って、すぐ分かるのですか。私は山と野原を駆け回っていた山賊ですから、「平和とは何の話だ」という世界でした。先生の生きた経験を聞いて、初めて戦争というものが少しずつ見えてきたのです。

あの頃の先生方は、昨日までの時代と今日からの時代の境目に立たされていたのだと思います。戦争という経験を胸にしまい込んだまま、新しい日本の子どもに何を教えるか。教科書が手元になければ、自分の見たことを話すしかない。だから私には、先生の言葉が生々しく響いたのです。教科書に「戦争」と二文字書いてあるのと、目の前の先生が、食べる物もなく仲間が亡くなった話をするのとは、全然違います。

 

平和教育

私は一九四七年に学校に行った、いわゆる戦後の新しい教育の第一世代です。平和教育という言葉は、後から振り返れば大切なテーマです。しかし、子どもには子どもの理解の仕方があります。何のために戦争をして、何を失い、これからどう生きるのか。その問いを、教科書の短い文章だけに押し込めることはできない。学校は、そういう問いを先生と生徒が一緒に考える場所であってほしいのです。

皆さん、私が申し上げたいのは、古い教科書が良くて新しい教科書が悪い、という単純な話ではありません。国の方針が変われば、子どもが読む文章までがらりと変わる。その中で先生が、自分の言葉で何を語れるかが大切なのです。

私の記憶に残ったのは、印刷された「平和」という二文字よりも、戦場から帰ってきた先生が話してくれた、飢えや病気や戦友の話でした。

 

西鋭夫のフーヴァーレポート
2021年5月下旬号 教科書検定-2

 

 

この記事の著者

西 鋭夫

西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。

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西 鋭夫

西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。