ソフト・パワー戦略の具体像
GHQによるソフト・パワー戦略の典型例は、いわゆる文部省の推薦映画です。私が小学校の頃に出てきたものです。もちろんこれは、文部省が推薦するものではなく、アメリカ政府が推薦するものです。あの当時、映画だけが大衆娯楽でした。ラジオももちろんありましたが、本当の意味での「エンターテインメント」は「総天然色」、すなわちカラーで見ることが出来た映画です。
文部省推薦映画として、私たちが最初に連れて行かれたのはディズニー映画でした。小学校から映画館まで一列に並んで歩いていきました。その次に見たのは、今でも覚えていますが『小鹿物語』です。小鹿なんて奈良にいっぱいいるだろうと思いましたが、それを見に行くわけです。いまだに覚えています。誰かが「何でこの映画がそんなに良いのだろう」「こんな鹿なんて食べてしまえ」などと言っていました。
子供たちはカラー映画の魅力に夢中になっておりました。子供は、言葉がわからなくとも、そこに描かれているものを見て、さまざまなものを敏感に受け取ります。アメリカが日本の子供たちにこういう映画を見せれば、アメリカの価値観がどういうものか、それはもう自然にわかってくるものなのです。
何を見せるか
ハリウッド側、すなわち米側にも、日本人に何を見せるのかという選別がありました。何を持ってきても、基本的に日本政府がNOということはありませんが、最後の検閲はGHQによるもので、彼らが日本人に見せるものを最終的に判断しておりました。
これはもちろん映画だけではありません。本などもそうです。本に関しては、アメリカにおける成功物語を読ませます。同国の暗い歴史、すなわち人種差別に関するものなど、「日本人が知る必要のないもの」は読ませません。
ラジオで言うこと、テレビで流すこともGHQの検閲を受けていますし、番組の作り方もアメリカ仕込みです。何から何までアメリカ産を真似ることから、戦後日本は出発しました。
ソフト・パワー外交の副産物
占領期にハリウッドが入ってきたことにより、もともと日本にあった日本映画は駆逐されるほど影響を受けておりました。日本では「戦争物語」ばかり作っていましたから、それらの多くは放映禁止ということになりました。
そんな中、日本人の若い監督たちが奮い立ちます。アメリカが全く期待しなかったことを日本人監督たちがやり遂げたのです。黒澤明監督がその代表例でしょう。白黒映画ではありましたが、彼は次々とヒット作を生み出しました。日本でも世界でも大ヒットしたのが『羅生門』と『七人の侍』です。私がアメリカに留学した当時、大学の映画館では連日超満員で公開されておりました。
これはGHQによるソフト・パワー政策の意図せざる結果ではないでしょうか。しかしこれこそが本物の文化交流ということかもしれません。
西鋭夫のフーヴァーレポート
2018年10月下旬号「米中文化戦争」-2
この記事の著者
西 鋭夫
1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。
西 鋭夫
1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。