地図とアイデンティティ

by 西 鋭夫 May 6th, 2024

地理の重要性

第二次大戦後、日本を占領していたGHQは教育改革を断行しました。そこには様々な改革が含まれておりましたが、学校教育の現場では、歴史や修身(当時の道徳)に加え、地理が廃止となりました。

GHQはなぜ地理を廃止にしたのでしょうか。答えは簡単です。地図とは、その場所で暮らす人々の帰属意識をかたち作るものだからです。これは、国民としてのアイデンティティとも言えます。

日本の地理とは、日本国民の意識でもあり、日本人としてのアイデンティティの一部でもあるわけです。その地図を国外に持ち出そうとした事件がありました。江戸末期の頃のシーボルト事件です。

 

シーボルト事件

シーボルトという人がおりました。徳川幕府が終わる前に長崎にやってきたドイツ人ですが、「私はオランダの医者だ」と言って長崎の出島で開業しました。非常に優れた先生で、色々な病気を治してくれました。また、日本の弟子たちに西洋医学を教えてくれました。日本人と結婚し、子どももうけています。

このシーボルトさんですが、10年ほど日本に滞在したのち、帰国することになりました。その時の荷物に、当時の徳川幕府が極秘中の極秘にしていた地図が含まれておりました。北海道から九州、沖縄まで記された地図です。その地図を持ち出そうとしたのですから、大罪です。本当はそこで死刑になるのですが、彼の場合は国外追放という処分で許されました。

 

一方、地図を渡した地図担当のお侍さんは切腹です。しかもその体は埋葬されず、荼毘に付されず、塩漬けにされました。樽の中に塩をたくさん入れての塩漬けです。その1年後に、江戸城から沙汰が出て、斬首の刑になりました。それで塩漬けにされていた体を出し、何とか座らせて斬首にしました。地図とは、それほど重要な国家機密なのです。

 

戦後教育の中の地図

地図の重要性は戦後すぐの教育でも意識されていたように思います。私が子どもの頃ですが、家から大きな地図を持ち出して、学校に行ったことがあります。

それは日本帝国軍が作ったものでした。日本軍が征服した土地を、日の丸の赤で真っ赤に染めてある地図でした。学校に持って行って、皆に見せたら、先生から「西くん、そんなものを持って来てはいけないよ」と言われました。「先生、これは日本が勝ったことを示す地図ですよ」と返答したら、「バカもん、二度と持ってくるな」と言われました。

 

西鋭夫のフーヴァーレポート
国土復興と防衛(2020年3月上旬号)-6

 

 

この記事の著者

西 鋭夫

西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。

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西 鋭夫

西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。