煙草と日本人

by 西 鋭夫 February 12th, 2024

健康の証

人には強い面もあれば、弱い面もあります。自分の力だけでなく、何かに依存しながら生きているのです。では、皆さんはどんな助けを借りて生きていますか。今日の話題は煙草(たばこ)についてです。昔ほど吸っている人はいなくなりましたが、それでもたばこに依存している方々は大勢いらっしゃいます。

日本にたばこが伝わったのは、戦国時代末期の南蛮貿易からです。もともとはコロンブスが南アメリカの原住民たちが吸っているのを見て、ヨーロッパへと持ち帰ったことが始まりでした。それがヨーロッパで広まり、南蛮貿易によって日本へと入ってきたのです。それ以降、日本でも徐々に広まっていき、やがては国の管理のもとで販売され、「たばこ税」も導入されました。

今の若い人は知らないでしょうが、私ぐらいの年代になると「今日も元気だ。たばこがうまい」と書かれたポスターを覚えております。すなわち、昔は国を挙げて「たばこを吸いなさい」と言っていたのです。「たばこがおいしい」というのは「健康の証」でした。皆さん、そんな時代があったのですよ。今のイメージとは全く異なっているでしょう。

 

男の勲章

私の兄が13~14歳の旧制中学校の時、たばこをどかどか吸っておりました。私は7歳ぐらいでしたからいつも不思議で、「お兄ちゃん、たばこはおいしいの?」と聞いたら「別においしくはないけど、吸わなきゃいけないんだ」と言っておりました。

当時、日本は戦争に敗け、どんどんと貧しくなっておりました。そんな中でたばこは貴重品でした。それで兄は「おい、鋭夫、おまえちょっと外に出て行って、たばこの吸い殻を探してこい」といって、私に吸い殻集めをさせました。集まってきた吸い殻からたばこの葉っぱを取り出し、それをまた自分で巻いて吸っておりました。

吸っているとき、兄の手が震えていたことを覚えています。まだ13~14歳ですよ。「お兄ちゃん、何で手が震えるの?」と聞くと「ニコチンが切れているんだよ、このバカ」と言われました。もちろん私も1回吸わされました。そうすると胸が焼けるようにジリジリとして、長い間、咳が止まりませんでしたので、「ああ、これは体に悪いんだな」と思いました。それ以来、私は吸っていません。

しかし日本社会はその後、大きく変わっていきました。私が行った男子校では半分ぐらいが吸い、大学では男はほぼ全員が吸っておりました。当時、お酒とたばこは男が男であるための儀式のように思われておりました。

 

中毒性

さて、たばこの煙には、ニコチンをはじめタールから生じる「ベンゾ」、さらには「ホルムアルデヒド」などの発がん性物質が含まれております。しかし、一度ハマった人は吸うことを止めることができません。たばこには大麻や覚醒剤よりも強力な依存性があるのです。

昔、友達に「たばこを一番美味しく感じるのはいつですか」と聞いたら、「朝起きて最初に吸うたばこだ」と答えていました。それで、ニコチンが体に入るとどんな気持ちになるのかと聞いたら、「フッとなる。頭がフッと軽くなっていい気持ちになる」と言っていました。

皆さん、「フッとなる」というのはニコチンが血管を収縮させるからです。血が脳に行かないのでフッとなるのです。血管の収縮というのは体にとって一大事です。これが長い間続くと、毛細血管がボロボロになります。血流が悪くなると、肌の色も変わりますし、男性では特に生殖器にも影響を与えます。

 

西鋭夫のフーヴァーレポート
タバコ利権とファシズム(2020年2月上旬号)-1


 

この記事の著者

西 鋭夫

西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。

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西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。