From: 岡崎 匡史
研究室より
宗教を外国人に説明するのはとても難しい。
まして、神道をどのように解説すればよいのか。
戦前、アメリカで出版された神道の著作物は極めて少ない。言うまでもなく、多くの誤解を生んだ。まして、太平洋戦争中に出版された書籍には、日本に対する悪意が満ち溢れている。
たとえば、アメリカ文化史家ロバート・O・バーロウ(Robert O. Ballou)の著作『神道:征服されざる敵』(SHINTO: The Unconquered Enemy・1945年)では、「日本の使命は世界を征服し、世界のすべての国民は絶対不可侵の神聖なる天皇に服従すべきであると説く、神道の考え方」であると説明されている。
神道を敵視する世論のなかで、アメリカで神道や天皇制を表だって擁護する人物はほとんどいない。例外の一人が、1932(昭和7)年2月から太平洋戦争勃発まで約10年間駐日大使を務めたジョセフ・C・グルー(Joseph C. Grew・1880〜1965)。
シカゴ演説
1943(昭和18)年12月29日、イリノイ州シカゴ、グルー元大使は日本擁護の演説をする。彼は日本の天皇や穏健派は平和勢力であると聴衆に訴え、「日本人への性急なる高慢と偏見を捨てる」ように呼びかけた。
グルーは枢軸国のドイツを例に挙げ、「アメリカはドイツ人全体に対して戦ったのではなく、排他的・カルト的なナチズムと戦っている」と述べる。この発言の裏には、アメリカは日本人と戦っているのではなく、日本の軍国主義と戦っているということだ。
そして、神道について言及する。「アメリカ人の中には神道が日本の悪の根源だと信じている人がいるが、これには同意できない」「神道は天皇への忠誠を含んでいる。いったん日本が、軍の支配ではなく平和を希求する指導者の傘下にはいるのなら、神道はマイナスどころか、プラスに変わるだろう」と力説した。
パール・バックと中国
天皇を擁護する、また諸悪の根源とされていた神道擁護ゆえに、グルーは辛辣な批判をうけた。アメリカ人の日本人に対する人種偏見と敵愾心が過剰反応したのだ。日清・日露戦争における日本の勝利によって引き起こった「黄禍論」も渦巻いていた。
米国での人種問題の根は深く、中国で活動していたアメリカ人宣教師の子供として生まれたパール・S・バック(Pearl S. Buck・1892〜1973)が執筆した『大地』(1931年)の影響も見過ごすことはできない。
『大地』は200万部も売れたベストセラー。多くのアメリカ人に読まれ、小説を通じて「貧しいが忍耐強く、勤勉な中国人というイメージ」が浸透した。映画まで制作される。小説や映画を通じて、中国人に対しては同情的で、反対に日本のイメージは悪化していった。
さらに、中国で布教活動をしていたアメリカ人宣教師も一役買う。中国は「キリスト教と民主主義の価値観」を受け入れるだろうと、アメリカ国民に積極的に宣伝した。アメリカ国民は、中国に共感を覚えていたのだ。
ー岡崎 匡史
PS. 以下の文献を参考にしました。
・入江昭『[増補]米中関係のイメージ』(平凡社、2002年)
・ジョセフ・グルー『滞日十年』(毎日新聞社、1948年)
・ロバート・O・バーロウ『神国日本への挑戦』(三交社、1990年)
・"Annual Banquet Celebrating the 90th Anniversary of the Illinois Education Association, Chicago, December 29, 1943," Joseph C. Grew Papers, Houghton Library, Harvard College Library, Harvard University, USA.
この記事の著者
岡崎匡史
日本大学大学院総合科学研究科博士課程修了。博士(学術)学位取得。西鋭夫に師事し、博士論文を書き上げ、著書『日本占領と宗教改革』は、大平正芳記念賞特別賞・国際文化表現学会学会賞・日本法政学会賞奨励賞を受賞。
岡崎匡史
日本大学大学院総合科学研究科博士課程修了。博士(学術)学位取得。西鋭夫に師事し、博士論文を書き上げ、著書『日本占領と宗教改革』は、大平正芳記念賞特別賞・国際文化表現学会学会賞・日本法政学会賞奨励賞を受賞。