米国はなぜ負けたのか

by 西 鋭夫 October 13th, 2017

敗戦


世界一富める大帝国が、太平洋を越えた遥か彼方の、東南アジアの小さな貧しい農業国ベトナムとなぜ大戦争になったのか。

富国強兵アメリカが最も永く戦った戦争はベトナム戦争。15年間、核兵器以外の兵器は全て使った。ベトナム戦争は、建国以来アメリカが初めて負けた戦争である。

なぜ、負けたのか。歴史を遡らねばならない。


敗因


1941(昭和16)年12月の「日本・真珠湾攻撃」とベトナム戦争勃発は、深い因果関係で結ばれている。時の流れに誘発された連鎖反応が起こったのだ。

真珠湾攻撃が始まる前、1940年、日本がフランスの植民地であったインドシナ(ベトナムとカンボジアの広大な地域)に進出し、フランスに強力な圧力をかけインドシナの豊富な自然資源を手に入れた。

戦わずに、取った。同年フランス本国は、一瞬にしてナチス・ドイツに敗れ、占領された。


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真珠湾攻撃の様子


日本帝国のインドシナ進出


米政府は日本のインドシナ進出を、国家の一大事と受け止めた。生ゴム需要の50%をインドシナからの輸入に頼っていたからだ。日本帝国のインドシナ占領は、日本に首を絞められることになると判断した。

1941年の秋、日米交渉が行われたが、フランクリン・ルーズベルト大統領は、日本に、満州からだけではなくインドシナからも出ろと要求し、日本が速やかに撤退しなければ、米国は報復として「石油封鎖を行う」と断言した。

日本は撤退しない、できない。


真珠湾攻撃


米政府は石油封鎖を実行して、日本の軍事行動を押さえる行動に出た。大日本帝国は一世一代の賭をするかのごとく、真珠湾に停泊していた米国太平洋艦隊に先制・奇襲攻撃をかけた。

真珠湾攻撃と同時に、日本軍は東南アジア全土に戦線を展開してゆき、100年間武力と人種差別でアジア人たちを奴隸扱いしていたフランスをたたき、インドシナから追い出した。

アジア・アフリカ(地球の25%)を植民地としていた大英帝国も、フランスと同じ運命に遭い、日本軍にアジアから蹴り出される。

西鋭夫著『日米魂力戦』

第2章「アメリカの怨霊・ベトナム」−5

この記事の著者

西 鋭夫

西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。

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西 鋭夫

西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。