慰霊

by 西 鋭夫 August 4th, 2025

遺骨との向き合い方

スミスさんのことを思い出すと、遺骨を探すにしても、やはり歴史に精通していなければ分からないということがよく分かります。日本もかつて東南アジアや南洋、そして北方にまで兵隊を送り出しました。そうした部隊の動きを知っていないと、たとえば大阪の部隊がどこに行ったのか、東京の部隊がどこへ派遣されたのかなど、まったく見当がつきません。戦史に詳しくなければ分からないのです。たとえば満州でも、北の方と南の方では戦った相手も違えば、戦死者の数も異なる。どの部隊がどこで戦ったのか、そしてどれほどの犠牲を出したのか。そういう情報は75年も放っておいたら、分かるはずがありません。

お骨の話ですが、私の姉が2人、アメリカのニューヨークに住んでおりました。年を取り、老衰が進んでまいりまして、私が見舞いに行った際、こう言われたのです。「鋭夫、私の骨は、岡山県の備中高梁にある道源寺のお墓に持って行ってくれないか」と。彼女たちはずっとニューヨークに住んでおりまして、日本のことなど普段あまり考えることもなかったと思います。しかし、死を前にしたときに出てくるのは、「お父さんやお母さん、おじいちゃん、おばあちゃんの眠る墓に、自分の遺骨を納めてほしい」という気持ちです。

これは日本だけの話ではありません。どの国の人間でも、血のつながった肉親の遺骨というものを大切にするのです。

 

違和感

ところで、私たちはいま「遺骨収集」という言葉を使っておりますが、本当に「収集」といって良いのか違和感があります。これは「ゴミを収集する」といった言い方と同じ漢字です。ゆえに私はあまり使いたくありません。

「収集」という漢字は「集めて」、「はい、終わり」、というような軽いイメージがあります。「収容」とか、もう少しふさわしい言葉があるはずです。「ゴミ収集」と同じ漢字を使っているということに、皆さん、少し立ち止まって考えてみてください。

もし自分の家の墓が暴かれて、その中の骨を誰かに蹴り飛ばされたら、おそらくほとんどの人が激昂するでしょう。それほどまでに、私たちの心の中には宗教という言葉では片付けられない「大切なもの」があるのです。血縁でつながった家族、親、子ども、祖先たち、そうした人たちが亡くなったときに、きちんと手を合わせてお祈りするという精神が私たちの胸の奥にはあるのです。これは人類の歴史を通じて受け継がれてきたものなのです。

 

大いなる錯覚

ところが、日本はたった一度の戦争に負けたことによって、その精神をないがしろにしてしまった。遺骨の収容さえも完了しておりません。あちこちの島々には、いまだに多くの遺骨が残されたままです。そしてその事実を見ようとせず、忘れようとしている。「戦争を忘れれば平和が来る」と、そんな錯覚をしている国、それが今の日本だと私は思っております。

しかし、そうしたツケは必ず回ってきます。いざという時、日本が潰されそうになり、侵略されるような事態になったときでも、「自分は知らない」と知らん顔をしてしまうのです。なぜか。それは「国を守る」という考えがないからです。自分の家族や自分の遺族を守ろうという意識すら薄れていると思います。

日本の政治家の先生方の中でも、その覚悟を持っておられる方はわずかではないでしょうか。

 

総理へ

私は、上皇陛下、今の上皇様のお姿を思い出します。美智子さまとともに、かつての戦地を訪問され、何度も頭を垂れてこられました。その姿勢に、私は深い敬意を抱いております。

では皆さん、そのとき日本の総理大臣がひとりでも同行しましたか。いませんでした。まるで「戦地を訪ねるのは陛下のお仕事だ」と錯覚しているように思えるのです。私はそうではないと思っております。かつての戦地へ行き、頭を下げ、祈る。これは国家の最高責任者である総理大臣が果たすべき、最も基本的な礼儀ではないかと、私は強く信じております。

 

西鋭夫のフーヴァーレポート
戦没者遺骨と慰霊(2021年8月上旬号)-2



 

 

この記事の著者

西 鋭夫

西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。

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西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。