バルチック艦隊

by 岡﨑 匡史 February 1st, 2026



From:岡﨑 匡史
研究室より

日露戦争が行われたのは、かれこれ120年以上も前の1904年。

日露戦争は、日本の近代史に大きな足跡を残した。

日露戦争は、東進政策を掲げる帝政ロシア、中国に権益を求める日本との戦い。勝敗を決定づけた戦いが、日本海海戦である。



日本艦隊と日英同盟


東郷平八郎(1848〜1934年)が率いた日本艦隊。大英帝国イギリスで建造された戦艦「三笠」は、当時、最大の戦艦と言ってもよい。

その一方で、強力なロシア海軍の総勢力は、日本海軍を上回っている。だが、戦力が3ヵ所(バルト海、黒海、太平洋)に分散されている。

日露戦争が開戦すると、帝政ロシアはバルト海にいたバルチック艦隊を極東に派遣して、太平洋艦隊の増力を図る。

バルト海から日本海までの航海は、大変なものだった。石炭補給のため寄港地準備、外交折衝、訓練不足、イギリスの執拗な邪魔が入る。

英国は、日本海軍勝利のために背後で援助した。日露戦争で日本が負けてしまうと、イギリスは極東での影響力を失ってしまう。

権益を守るには、ロシアと正面衝突せざるを得ない。だから、日本に勝利してもらわなくてはならない。

バルチック艦隊と黒煙

バルチック艦隊は、良質な石炭を確保することができなかった。

さらに、訓練射撃用の弾薬が十分に供給されなかった為、船員は十分な訓練をすることができなかった。

日本艦隊は、英国の良質な石炭を利用した。高カロリーの無煙炭を用いる。

バルチック艦隊は、石炭の質が悪かったので「黒煙」が出ていた。日本艦隊に簡単に補足される。

バルチック艦隊は、疲れ果て、不利な状況で日本海海戦に臨む。勝敗はすでに決していた。


ー岡﨑 匡史
PS. 以下の文献を参考にしました。
・大江志乃夫『バルチック艦隊』(中公新書、1999年)

この記事の著者

岡﨑 匡史

岡﨑 匡史

日本大学大学院総合科学研究科博士課程修了。博士(学術)学位取得。西鋭夫に師事し、博士論文を書き上げ、著書『日本占領と宗教改革』は、大平正芳記念賞特別賞・国際文化表現学会学会賞・日本法政学会賞奨励賞を受賞。

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岡﨑 匡史

岡﨑 匡史

日本大学大学院総合科学研究科博士課程修了。博士(学術)学位取得。西鋭夫に師事し、博士論文を書き上げ、著書『日本占領と宗教改革』は、大平正芳記念賞特別賞・国際文化表現学会学会賞・日本法政学会賞奨励賞を受賞。