From: 岡崎 匡史
研究室より
アメリカの対日占領政策の根幹は、一貫したものだったのか。
それとも、状況に応じて変化したものだったのか。
1945(昭和20)年9月2日に掲げられた「米国の降伏後当初の対日政策」では、現在の「日本の苦境は、日本が自らの行為によって引き起こした結果であって、連合国は日本の被った損害復旧の負担を引受けることはない」という方針が打ち出されていた。
米国政府にとって、連合国軍に楯突いた巨悪の枢軸国・日本は、ドイツと同様に断罪すべき国。ワシントンの政策立案者たちは、日本に温情的な救済措置をとるのではなく、日本の軍隊や経済の解体を目論んでいた。
モーゲンソー・プラン
なぜ、ワシントンの政策立案者たちは、日本経済を潰そうとしたのか?
それは、ヒトラーが率いたナチス・ドイツへの戦後処理案「モーゲンソー・プラン」が深く関わっていたからである。
「モーゲンソー・プラン」とは、第二次世界大戦中から起案された対ドイツ占領政策の基本方針。ナチズムを根絶するためにドイツの重工業を解体し、ドイツ国民の生活水準を抑えることを目的とした。
同じように、マッカーサー元帥率いるGHQは、敗戦国日本の救済と復興に力を貸す義務はなかった。日本の疲弊しきった状態は、自業自得であり同情の余地はない、と見なされた。
財閥解体から経済復興へ
トルーマン大統領が承認した「対日軍政基本指令」は、次のように規定された。
日本の苦境は自業自得である。連合軍はそれを修復する責任を負うつもりはない。
貴下(マッカーサー)は、日本の経済復興または日本経済の強化に何らの責任も取らなくてよい。
日本の生活水準は、日本が全ての軍事的野心を捨て、人的資本ならびに天然資源を平和的生活のためにのみ使い、心より連合国と協力することにかかっている。
戦争の一翼を担ったとされる「財閥解体」から始まり、経済界の非軍事化へと発展した。
しかし、この方針に変更が加えられるようになる。なぜなら、日本の経済復興なくして、平和で安定した民主的な政府を樹立することはできないからである。そして、なによりも日本の共産化を防ぎたい。ソ連・中国陣営に日本が傾くことを、アメリカは極度に恐れていた。
共産主義に対抗するため、非武装・非軍事化政策とは真逆の方向に、マッカーサーは舵を切った。
ー岡崎 匡史
PS. 以下の文献を参考にしました。
・U.S. Department of State. A Decade of American Foreign Policy Basic Documents 1941-1949. U.S.Government Printing Office, 1985.
・タタラ・トシオ『占領期の福祉改革』(筒井書房 、1997年)
・西鋭夫『國破れてマッカーサー』(中央公論社、1998年)
この記事の著者
岡崎匡史
日本大学大学院総合科学研究科博士課程修了。博士(学術)学位取得。西鋭夫に師事し、博士論文を書き上げ、著書『日本占領と宗教改革』は、大平正芳記念賞特別賞・国際文化表現学会学会賞・日本法政学会賞奨励賞を受賞。
岡崎匡史
日本大学大学院総合科学研究科博士課程修了。博士(学術)学位取得。西鋭夫に師事し、博士論文を書き上げ、著書『日本占領と宗教改革』は、大平正芳記念賞特別賞・国際文化表現学会学会賞・日本法政学会賞奨励賞を受賞。