From:岡崎 匡史
大学の教会より
スタンフォード大学にきたら、必ず訪れる場所があります。
それは、スタンフォード・メモリアル・チャーチ(Stanford Memorial Church)です。
スタンフォード大学の窓口となる大広場を通り、ロダンの彫刻を眺めていくと、美しい教会がそびえ立っています。絢爛豪華な教会の内部に入った瞬間に荘厳な空気を感じます。
教会は大学の中心に位置し、フーヴァータワーと同じように、スタンフォードの象徴的存在。教会では宗教上の儀式だけではなく、結婚式や大学の行事も行われる。 パイプオルガンの響きも聴こえてくる。
スタンフォード一族
大学の創設者リーランド・スタンフォード(Leland Stanford・1824〜1893)は鉄道王として知られている。当時、「ビッグ4」(ハンチントン、ホプキンズ、クロッカー、スタンフォード)と呼ばれた実業家たちが資金を拠出し、大陸横断鉄道セントラル・パシフィック鉄道を建設。スタンフォードが社長に就任した。
スタンフォードには、溺愛する一人息子スタンフォード・ジュニア(Stanford Jr.)がいた。1883年11月、スタンフォード夫妻は15歳の息子を連れてヨーロッパ旅行へ向かった。アテネから船でナポリ、ローマ経由でフローレンスに着いたところで息子が発熱した。看病のかいなく、まもなく息子はチフスで死去。
1891年に開校したスタンフォード大学の正式名称は、息子の名前にちなんで「リーランド・スタンフォード・ジュニア」と呼ぶ。
教会建設
スタンフォード大学創設されてから10年も経たないうちに、鉄道王のスタンフォードが亡くなる。スタンフォード亡き後、妻のジェーン(Jane Stanford・1882〜1905)が大学運営に苦労しながら切り盛りする。
ジェーン婦人がスタンフォード・ジュニアを偲び、教会を建てた。1891年の開学当初から教会の建設がはじまり1903年に完成するが、それまでには長い道のりがあった。とくに、聖書の物語をモチーフとしたモザイク画を作製するために5年以上もの歳月を費やす。
ところが、1906年にサンフランシスコに大地震が直撃する。モザイク画も粉砕し、すべてを修復するのに1917年までかかる。悲劇はさらに襲ってくる。1989年に再び大地震が直撃。修復をかさね燦然とする教会が1993年に蘇った。
ー岡崎 匡史
この記事の著者
岡崎匡史
日本大学大学院総合科学研究科博士課程修了。博士(学術)学位取得。西鋭夫に師事し、博士論文を書き上げ、著書『日本占領と宗教改革』は、大平正芳記念賞特別賞・国際文化表現学会学会賞・日本法政学会賞奨励賞を受賞。
岡崎匡史
日本大学大学院総合科学研究科博士課程修了。博士(学術)学位取得。西鋭夫に師事し、博士論文を書き上げ、著書『日本占領と宗教改革』は、大平正芳記念賞特別賞・国際文化表現学会学会賞・日本法政学会賞奨励賞を受賞。