From:岡崎 匡史
研究室より
「象徴」(Symbol)を説明できますか?
「国の象徴」とは、どういうことなのでしょうか?
なにげなく使っている「象徴」という言葉。実は、とてもむずかしい。私もうまく説明できるかどうか自信がありません。
どうしてわざわざ話題にするのかというと、「象徴」には深い意味が込められていることを知ってもらいたいからです。些細な法律論は置いて、「象徴」という言葉を探ることにより「象徴天皇」の意義に近づくことができます。
象徴の定義
まず、象徴の定義。どうやって調べればよいのでしょうか?
こういう時は、ひとまず、辞書を引いてみましょう。
『広辞苑』によると「象徴」とは、、、
「本来かかわりのない二つのもの(具体的なものと抽象的なもの)を何らかの類似性をもとに関連づける作用」
うーん。難しい説明ですね。この定義を読んで、すぐ理解できる人の方がめずらしい。
たとえば、「鳩」と「平和」の関係を考えてみましょう。「鳩」は具体的な存在、もう一方の「平和」は抽象的な概念です。
「鳩」と「平和」、この両者はもともと無関係ですよね。それなのに、あなたは「鳩は平和の象徴である」という台詞をすんなり受け入れてしまっている。
でも、世の中には「鳩」を見たら、「美味しそう」と反応する人々もいます。「鳩料理」のご馳走は、世界各地にあります。
「鳩」を貴重な「食糧」と見なす人もいれば、「鳩」を平和の「象徴」と認識する人もいるのです。いや〜、不思議ですね。因果関係があるようでない、ないようである。
十字架とイエス・キリスト
『広辞苑』では埒が明かないので、もっと詳しい大きな辞典を引いてみましょう。
研究室のぼうだいな書庫から『新カトリック大事典』を引っ張りだしてきました。全4巻セットで、1冊の定価が27,000円もします。
説明が長いので『新カトリック大事典』を要約すると、、、
象徴はギリシア語の動詞シュンバレイン(symballein、「塊にする」)を語源とする。二つに割られ相互に身分を確認しあう標識である「割り符」を意味する。宗教的な象徴作用は、象徴を通じて可視的なものが神秘的な力を導く働きがあると考えられている。象徴には「人間の歴史の意味が凝縮」されており、ある「共同体の内的一致の絆」である。
大きなヒントが隠されていますね。象徴とは「割り符」であり、宗教的で神秘的な力を導く。そして、「象徴」には「人間の歴史」と「共同体の絆」が必要になってくる。
これを参考に、今度はキリスト教を例に考えていきましょう。
「十字架」と「イエス・キリスト」が好例です。
十字架はイエス・キリストの人格と全生涯、神の愛を体現する。だから、十字架はキリスト教の「象徴」である。
キリスト教を信仰し、その価値を見いだす信者たちにとって「十字架」には特別の意味が込められています。
でも、キリスト教を信じていない人にとっては、どうでしょうか? 「十字架」は、縦と横から出来ている構造物である。このように、見なしていることだって考えられます。つまり、人間の「価値体系」をもとに、判断しているのです。しかも、面倒なことに人間は価値を求めるし、価値から自由になりきれない、、、
象徴天皇
さあ、ここで「象徴天皇」の意義を考えてみましょう。
日本国憲法第1条では、、、
「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」
つまり、「天皇」という存在そのものが、「日本」という国を「象徴」している。扇の要(かなめ)のように、日本国民を統合しているのです。
十字架がキリスト教を象徴していたように、天皇の姿を見ることによって日本が具体化されるのです。
あなたは、日本国の象徴になれますか?
あなたは、日本国民統合の象徴になれますか?
総理大臣でも、日本の象徴にはなれません。
源頼朝や徳川家康などの征夷大将軍でも、日本の象徴とは言えません。
日本の歴史を鑑みて、天皇こそが日本の象徴に相応しい方なのです。
今上陛下は「象徴」としての責務を全身全霊でお務めなされてきました。
昨年の夏、「高齢譲位」に言及した陛下のおことばに耳を傾けてみましょう。
私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。
「象徴」の意味を深く考えれば考えるほど、陛下のご苦労が偲ばれます。
ー岡崎 匡史
PS. 以下の文献を参照しました。
芦部信喜『憲法―新版・補訂版』(岩波書店、1999年)
網野善彦『異形の王権』(平凡社、1986年)
大原康男『象徴天皇考―政治と宗教をめぐって』(展転社、1989年)
上智学院新カトリック大事典編纂委員会『新カトリック大事典〈第3巻〉』(研究社、2002年)
高柳賢三『天皇・憲法第9條』(有紀書房、1963年)
高柳賢三、大友一郎、田中英夫編『日本国憲法制定の過程 Ⅱ 解説―連合国総司令部側の記録による』(有斐閣、1972年)
新村出編『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008年)
山浦貫一、林譲治、吉田茂、金森徳次郎、法制局閲『新憲法の解說』(高山書院、1946年)
この記事の著者
岡崎匡史
日本大学大学院総合科学研究科博士課程修了。博士(学術)学位取得。西鋭夫に師事し、博士論文を書き上げ、著書『日本占領と宗教改革』は、大平正芳記念賞特別賞・国際文化表現学会学会賞・日本法政学会賞奨励賞を受賞。
岡崎匡史
日本大学大学院総合科学研究科博士課程修了。博士(学術)学位取得。西鋭夫に師事し、博士論文を書き上げ、著書『日本占領と宗教改革』は、大平正芳記念賞特別賞・国際文化表現学会学会賞・日本法政学会賞奨励賞を受賞。