学校給食

by 西 鋭夫 June 13th, 2015

食糧不足で大学閉鎖


食糧不足は学校の生徒たちをも巻き込んだ。文部省は降伏直後、全国の県知事と学校長に、「児童生徒を食糧増産のために働かせるように」と奨励し、さらに11月、文部省は、食糧生産のために「体育の時間」を労働奉仕の時間にせよ、と再度通達を出した。

京都帝国大学は、食糧不足を理由に、文学部を1945年12月末から2カ月間閉鎖すると発表し、他の学部にも同じ措置が取られた。

文部省は、1946年6月、全ての学校に夏休みを早く始めるよう指示した。

小学校の児童については、GHQの援助を得て、1947年から学校給食が始まった。私が小学校1年生の時だ。

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西の思い出


給食のことは鮮明に憶えている。1日で1番真剣になる時だった。

アメリカから直輸入のスキム・ミルクという脱脂粉乳が、アルミニウムのお椀1杯。強い臭味があり、色は真っ白でなく、うすい茶色だった。先生が、「体に良いから、飲め!」(当時の言葉で、「滋養がある」)と言われても、飲みたくないと泣いている子も大勢いた。

飲めない級友のミルクは、全部私が飲んでやった。「コッペ」という、アメリカからの直輸入の小麦粉(メリケン粉)で作られたスカスカのパンの半分と、命をかけて守る価値があった匙1盛りの甘いイチゴジャム。そして、炒ったアーモンド(みんなの大好物)2個、または、甘酸っぱい乾しリンゴの細長い切れ3本だった。給食は全てアメリカからの食べ物だ。

私の家の近所には、鼠(ねずみ)の皮を剥ぎ、その肉を唐揚にして美味しそうに食べていた人たちもいた。「ちょうだい」と言ってみたが、無視された。

また、大正7(1918)年にアメリカから持ち込まれた2匹の食用蛙が、日本で無数に繁殖していたので、これに目を付けたある農学博士が、「栄養失調の救い神」と色々な料理法を研究し、「天麩羅が1番美味しい」と発表した。

私は、殿様蛙(トノサマガエル)の腿を焼いて食べた。淡泊な味がした。私が疎開していた岡山県の田舎町には食用蛙はいなかった。いたら、食べている。既に食べ尽くされていたのか。

この記事の著者

西 鋭夫

西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。

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西 鋭夫

西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。