
From: 岡﨑 匡史
研究室より
敗戦直後、日本は食糧難で逼迫しており、日々の食事がままならず、抗議デモ行進が頻発していた。
日本国民は明日をも知れぬ自分の運命を必死に噛みしめながら、混沌とした世界を生き抜いていた。
空腹に耐えかねた日本人は、食糧不足を訴えるために実力行使にでる。
食料の人民管理
すきっ腹に入り込むように、勢力を伸ばしていたのが日本共産党。
腹ぺこの人間にとって、食い物のためならイデオロギーは関係ない。
草しか食べておらず、糞便の色まで草色になっている者までいた。空理空論より目の前の食べ物こそが、正しさを証明してくれる。
天皇家を倒して人民政府の樹立を訴える日本共産党は、書記長の徳田球一(1894〜1953年)を筆頭として「食糧の人民管理」を主張。
食料メーデー
共産党員から「徳球」と親しみを込めて呼ばれた徳田は、日本大学の夜間部で苦学し、司法試験に合格して弁護士となった。
地下に潜り共産主義活動を続けていたが、特高警察に捕まり、拷問を受けながらも取り調べに耐え抜き、法廷でも戦いぬく。
極寒の大地・網走刑務所へ収監された徳田は、GHQによって保釈されるまで18年間もの獄中生活を送った筋金入りの共産主義者である
1946(昭和21)年5月19日(日曜日)、共産党の徳田を旗印にして、「飯米獲得人民大会」、いわゆる「食糧メーデー」が実施された。
25万人の群衆が皇居前に集まり、「憲法より飯だ」と叫び、群衆は隊列を組み、歌をうたい行進した。
ー岡﨑 匡史
この記事の著者
岡﨑 匡史
日本大学大学院総合科学研究科博士課程修了。博士(学術)学位取得。西鋭夫に師事し、博士論文を書き上げ、著書『日本占領と宗教改革』は、大平正芳記念賞特別賞・国際文化表現学会学会賞・日本法政学会賞奨励賞を受賞。
岡﨑 匡史

日本大学大学院総合科学研究科博士課程修了。博士(学術)学位取得。西鋭夫に師事し、博士論文を書き上げ、著書『日本占領と宗教改革』は、大平正芳記念賞特別賞・国際文化表現学会学会賞・日本法政学会賞奨励賞を受賞。

