小林多喜二

by 西 鋭夫 February 26th, 2026

特高

私は長らく「特高警察と共産党」について研究してきましたが、なぜ特高は共産党員に対して拷問をしたのでしょうか。自白させることに何の意味があるのか、ということです。簡単な問いかけに見えますが、きちんと答えられる人は決して多くはありません。

小林多喜二を拷問し、彼が痛みに苦しみ、耐えかねて友達の名前を言うと、今度はその友達をつかまえて拷問し、また次から次にと、そういう具合に、いわゆる人的ネットワークを完全に手に入れようとしたのです。ところが、やはり吐かないで死んでしまうわけです。拷問が強すぎて、吐く前に死んでしまうのです。ここが難しい。

特高警察からすると自白はいわゆる業績になります。私はたくさん読みましたが、もう吐き気がするのを通り越して、自分も含め、「ああ、人間というのはこんな恐ろしいことができるのか」と思うばかりでした。相手を人間だと思っていないのです。それを人間がするのです。

皆さんの中にも同じような恐ろしい本能があるかもしれませんが、あっても普通はそういうことはしません。犬や猫を蹴り飛ばすことも、普通の人はしません。しかし実際に、人間が人間に対して信じられないようなことをやっているのです。



多喜二の死

私の父は東京に住んでおりました。共産党員ではありませんでしたが、俗にいうシンパでした。当時は大学生も、いわゆるインテリも数少なく、中央政府が強すぎて、言論のコントロールも今よりはるかに厳しかったのです。「自由が欲しい、自由が欲しい」と言っておりました。御用学者でないほとんどのインテリは、「もっと自由が欲しい」と言っていたのです。今の言葉でいえば、左翼がかっていったわけです。

多喜二が虐殺され、お母さんの所に遺体が返されました。父はそこにはいませんでしたが、友達がそこにいて、「多喜二君の身体は、下半身、へそから足先まで、血管が破れていますから、うっ血して膨れ上がり、青い風船みたいだった」と言ったそうです。

殴られまくっているのです。指は折られ、歯は折られ、あちこちにたばこを押し付けられた所があり、太ももには畳の針がありますよね、あれを突き刺された痕がたくさんあったそうです。皆さん、拷問とはすさまじいものなのです。

さて、それを行なった築地警察署の特高ですが、この人たちは長生きをしました。お金も特別にたくさん頂き、戦争に負けた後はいろいろな商売に手を出して裕福に暮らしました。このことについては色々なところをお話ししておりますので、ぜひそちらをご覧に下さい。小林多喜二は、あの時、二十七歳です。あれはひどい。いつ読んでも、いつ書いても、ひどい話です。

 

西鋭夫のフーヴァーレポート
拷問の歴史(2021年7月上旬号)-7

 

 

この記事の著者

西 鋭夫

西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。

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西 鋭夫

西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。