勲章の歴史
勲章制度は日本だけでなく、世界のあらゆる国に存在します。いわゆる私たちが知っている「勲章」ですが、その歴史は12世紀ごろまでさかのぼることができます。
もともとは騎士団に由来するものでした。「十字軍」による聖地エルサレム奪回の際、戦士の多くが十字架のしるしを身につけていました。英語では勲章・叙勲のことを「オーダー(Order)」と表記します。
では、日本はいつごろから勲章という制度を取り入れたのか。侍の時代にも、実は勲章のようなものはありました。平安時代には、勲章というよりは何かを証明する「書付」のようなものがありました。
しかし、実際に西洋のような勲章制度が整えられたのは明治になってからです。明治維新の男たちが海外と付き合いはじめ、いわゆる海外の高官たちを大勢日本に呼びました。ヨーロッパでは勲章文化が栄えておりますから、勲章を差し上げると、非常に喜ばれます。そこで日本でも勲章を作り、様々な序列や名称等をずらっと整えていったわけです。
お雇い外国人
最初の受章者たちの多くはお雇い外国人でした。ご存知のように、明治時代が始まって20~30年間にお雇い外国人が大勢いらっしゃいました。彼らはアメリカやイギリス、フランス、ドイツで非常に優秀で有名な人たちです。実に優れた男や女たちが来たのです。
その彼らが5~6年と日本で働き、本国へ帰る際に、金一封と勲章を受け取りました。もちろん陛下から賜るものです。それは本人にとっても栄誉なことですし、何よりもそれを持ち帰った母国でも話題になるでしょう。すなわち、日本という国ではきちんとした勲章制度があるのだと。自分たちと同じ、先進的な国なのだと、そういった印象になっていくのです。
これは日本から見ればまさに「外交」です。勲章とはすなわち、外交のツールだったのです。
GHQによる占領下
アメリカでは軍人に対して勲章が与えられていましたが、戦前の日本でも、政治家や官僚だけでなく、軍人に対しても勲章を授与していました。明治維新を勝ち抜いた武士、そして日清・日露戦争で活躍した兵士たちを激励する意味合いもあったのです。しかし、日本は太平洋戦争で負けてしまいます。
GHQは日本の勲章制度に対して何をしたのか。往復びんたです。アメリカから見れば、日本みたいな国が大戦争を勝手にやりやがって、無様な負け方をして、何が勲章だ、という感覚です。
ですから占領の間、勲章はしばらく休憩となりました。そして、アメリカは基地をたくさん残されて、また日本人をしっかりと洗脳して、お帰りになりました。
西鋭夫のフーヴァーレポート
勲章と権力(2022年4月上旬号)-4
この記事の著者
西 鋭夫
1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。
西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。

