褒められる経験の大切さ
そもそも、なぜ勲章を死ぬ直前まであげないのでしょう。早くあげた方が、どれだけ本人はうれしいでしょうか。私の親しい知り合いでも、勲章をもらえることになり、周囲に吹聴していたら、「おまえ、やめろ。死ぬぞ」と言われた人がいました。なぜ、そこまで待たせるのか、不思議でなりません。
若い時に勲章をもらえば、その名誉を重んじるような行動を取るようになるはずです。これは間違いありません。10代、20代で褒められた経験は、その人のプライドになります。やったことを褒められれば、それをずっと続けようとするものです。
日本は、なかなか人を褒めない国だというのは有名な話です。私自身もそうでした。褒められて育ったという記憶は、ほとんどありません。皆さんも同じではないでしょうか。学校に行けば「なぜここができないのか」と言われ、運動会に出れば「なぜ足が遅いのか」と言われる。そういう経験ばかりが積み重なっていく。
しかし、褒められた経験は大きな自信になります。そして、その自信は才能をさらに開発していきます。ですから、勲章を授けるに値する男や女がいるのであれば、もっと早めにあげなさい。40代、50代であげなさい。そうすることで、その人の人生も、社会全体も、もっと前向きになるはずです。
辞退者
ところで、日本の勲章の歴史をさかのぼると、名誉ある勲章を実際に断り、辞退した人はいるのでしょうか。有名な話ですが、宮澤喜一元首相は勲章を断りました。そして、もう一人断った人がいます。細川護熙元首相です。私が知っているのは、この二人です。勲章を辞退された。内心で「そんなものは必要ないのではないか」と思っていたのか、その真意は分かりません。
しかし皆さん、考えてみてください。勲章とは、一体どういう意味を持っているのでしょうか。勲章は天皇陛下がお一人でお決めになるものではありません。その時々の政治家たちによる委員会、恐らく5~6人から10人程度でしょうが、そうした人たちが書類を突き合わせて、「この男はこうだった」「この女はこうだった」と判断するのです。
勲章の本当の意味とは
要するに、政治判断なのです。勲章が政治判断である以上、政治家が多くなり、その友人である官僚たちが多くなるのは当然でしょう。しかし、その人たちは本当に戦後の日本を強くしてきたのでしょうか。
確かに、宮澤元首相、細川元首相のように、首相経験者であっても辞退した人はいます。民主主義社会であるにもかかわらず、人間に一等、二等といった区別をつけること自体、おかしいのではないかとも思います。人間の値打ちを人間が決めるという行為は、よくよく考えてみると、失礼極まりない話です。そういう意味で言えば、勲章という制度そのものにも、問題点があると言わざるを得ません。
皆さん、この日本に、なぜ勲章があるのでしょうか。そして、勲章をいただける人たちは、どういう判断基準で選ばれているのでしょうか。そう考えていくと、どの世界も美人大好きですから、世の中を明るくしてくれる、ものすごくきれいな人に勲章をあげた方がいいのではないか、という極端な話にすらなってくる。それならそれで、若いうちにあげた方がいいではありませんか。
西鋭夫のフーヴァーレポート
勲章と権力(2022年4月上旬号)-2
この記事の著者
西 鋭夫
1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。
西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。

