湯川博士

日本における学問の現状を知ると、気が滅入ってしまいますが、私はもうずっとそんな状態です。しかし、時代をさかのぼりますと、困難な時代でも輝かしい功績を残した日本人たちがいます。まずは日本人として初めてノーベル賞を受賞した物理学者の湯川秀樹先生です。GHQ占領下の1949年に受賞しております。

私は当時、8歳で小学生でしたが、今でも覚えています。日本が割れるように大騒ぎ、大喜びでした。占領されて打ちひしがれて、マッカーサーに「おまえらはろくな人間ではない」と言われていたその時に、天才が現れるわけです。

私の世代では湯川先生の名を聞いただけで、ほぼ神様に近い世界です。日本は教育が大好き、賢い人が大好きですから、湯川先生がノーベル賞を頂いたということで皆さん、舞い上がるように大喜びしておりました。

私はほとんど人に憧れませんが、湯川先生だけは別格です。

フジヤマのトビウオ

湯川先生の受賞と同じくらい、日本中が沸き立って喜んだ出来事がありました。敗戦国という理由でロンドン・オリンピックに呼んでもらえなかった時代、日本大学の橋爪四郎選手と古橋廣之進選手、この二人が神宮のプールで一五〇〇メートルに挑み、当時の世界記録を上回る泳ぎを見せたのです。その瞬間、日本中がどれほど熱狂したか、いま思い出しても胸が熱くなります。

あのときの記録は、ロンドン・オリンピックの一五〇〇メートル金メダルのタイムより、四〇秒から五〇秒ほど速いものでした。皆さん、水泳の長距離でこれだけの差がつくというのは、最初から勝負になっていないということです。それほどまでに、あの二人の泳ぎは群を抜いて素晴らしかった。古橋選手は当時「フジヤマのトビウオ」と呼ばれました。

日本人は本当に舞い上がるほど嬉しかったのです。私もその時、ラジオに耳をくっつけながらニュースを聞いて、思わずワーッと拍手をしていました。あの高揚感はいまでもはっきりと覚えています。

西鋭夫のフーヴァーレポート
ノーベル賞と日本の未来（2022年1月下旬号）-6