なぜパリは破壊されなかったのか

by 西 鋭夫 October 16th, 2025

サイバー攻撃

皆さん、今でこそ私たちはサイバー攻撃について備えよ、と言っておりますが、ロシアはすでにクリミアを併合した時点で、様々なサイバー攻撃を仕掛けておりました。ウクライナ政府のウェブサイトは72時間使い物にならず、政治家の携帯電話までもがハッキングされました。2015年には大規模停電が発生し、約25万人が電力を使えない状況が続いたのです。サイバー攻撃は敵を直接破壊するのではなく、生活基盤を麻痺させ、国民を混乱に陥れ、国家を弱体化させる武器なのです。

これを今から約10年以上前にやっているのです。ロシアの強さは核の抑止力だけではないのです。ロシアはまた宇宙船を打ち上げ、宇宙飛行士を長期間滞在させるほどの技術力を持つ国です。衛星通信を駆使したサイバー戦はお手のものでしょう。対米国という点で、まともに対決できる国があるとすれば、ロシアと中国だけでしょう。

ウクライナにはその対抗手段がありません。だからプーチンさんから見れば、豊かな土地と人口を抱えながら、軍事技術や機械工学ではアメリカ頼みのウクライナは格好の標的なのです。水道を止める、石油を止める、小麦やトウモロコシを運ぶトラックを麻痺させる、さらには自動車を止めることすら可能です。これが現代の戦いです。

 

マルチ・ドメイン作戦

つまり戦争はすでに始まっているのです。宣戦布告などなく、気づいたときには攻撃が始まっている。日本は真珠湾の「宣戦布告の遅れ」で責められましたが、あれはアメリカの作戦に過ぎません。実際には、攻撃を早く仕掛けて相手を徹底的に叩いた方が正義とされるのです。湾岸戦争を思い出してください。アメリカはフセインがまだ半分眠っている時に戦闘機や爆撃機を一斉に出動させ、一瞬で終わらせました。1週間で勝負はついたのです。プーチン大統領も同じことができます。やらないだけです。

ロシアの戦い方は、従来の陸・海・空軍に加えて、宇宙・サイバー・情報規制を含むマルチドメイン作戦です。さらに伝家の宝刀である核兵器を「脅し」としてちらつかせる。この脅しに一番びくっとしたのはアメリカのバイデン政権です。ヨーロッパ諸国は小さすぎて、ただただビビっている状態です。ロシアから見れば狙い打ちできる世界なのです。

なぜパリは美しい姿のまま残っているのか。第一次世界大戦で爆撃されず、第二次世界大戦でもフランスはわずか数週間で降参し、ヒトラーに「パリだけは爆撃しないでくれ」と懇願したからです。それほど大切な都市だったのです。日本もマッカーサーに「東京空襲はやめてね」と言いたかったでしょうが、叶わなかった。

プーチンさんが以上のような歴史を知らないはずがありません。だからこそパリは「一発撃ち込んでやろうか」という言葉に慄くのです。

 

西鋭夫のフーヴァーレポート
ウクライナ分割案(2022年3月下旬号)-7

 

 

この記事の著者

西 鋭夫

西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。

人気の投稿記事

ミャンマーと北朝鮮

アジア最後のフロンティア 北朝鮮の今後の動向を予測する上で、東南アジアにあるミャンマーは一つのポイントです。ミャンマーはアジア最…

by 西 鋭夫 November 8th, 2021

中朝関係の本当の姿

水面下でのつながり 中国が北朝鮮の核実験に対して、断固反対すると声明を出しました。しかし、中国の習近平政権と、北朝鮮の金正恩政権…

ミサイル / 中国 / 北朝鮮 / 核実験 / 米国

by 西 鋭夫 November 1st, 2021

西 鋭夫

西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。