オズワルドの証言
逮捕されたオズワルドは殺される直前、記者から「ケネディ大統領を殺したのですか」と聞かれました。その時、彼は「NO、NO、俺はやっていない」と答えました。やっていないどころか、「俺はおとりにされた」と。つまり「使われた」というのです。
「俺はここでこうしていただけで、実際に撃ったのは別のやつだ」とも言っています。しかし、世間はもうオズワルドがやったと決めつけていました。妻がロシア人だから「これが証拠だ」とまで言われましたが、奥さんには何の関係もありません。第一、夫がどんな仕事をしているのかも知らないのです。とにかく決めつけが早すぎた。私から見れば、あれは罠で完全におとりでした。
しかも、見ていた人ならわかるはずです。あんなふうに、防弾チョッキも着せず、人が大勢いるところを連れ歩くなんて普通ではありません。
その時、ルビーという男が人混みから出てきます。拳銃が見えているのですよ。そして至近距離で腹に5〜6発撃ち込む。即死でした。
瓦解するケネディ神話
まるでトカゲの尻尾切りのようです。
オズワルドは本当に6階の窓からケネディ大統領に向けて引き金を引いたのか。そして彼を処刑したジャック・ルビーの背後には、どんな人物たちがいたのか——これまで「CIA首謀説」「マフィア首謀説」「キューバのカストロ説」「ソ連KGB説」「軍産複合体によるクーデター説」など、さまざまな推測が飛び交ってきました。しかし、決定的な証拠がないため、今現在も謎のままです。
ケネディさんには愛人がたくさんいました。その中にはマリリン・モンローもいました。これは長い間、一般には知られていなかったのですが、ある時、大統領の誕生日がハリウッドで開催されたのです。そこにはフランク・シナトラをはじめとする大物たちが集まっていました。そしてその舞台に全盛期のマリリン・モンローが登場し、マイク1本で大統領に向かって「ハッピーバースデー」を歌ったのです。あの瞬間、国が割れるほどの大騒ぎになりました。まさに、「私は彼の愛人です」と公言しているようなものでした。
表向きは夫婦のジャクリーン夫人がいますが、この2人はあまり仲が良くなかったようです。ケネディ大統領は他の女性に忙しく、家に戻らないことも多かった。ジャクリーン夫人は子どもを妊娠しましたが、残念ながら死産。その時、夫が帰宅したのは死産から1週間後でした。理由は仕事ではなく、あちこちの女性と遊び歩いていたのです。
そして驚くべきことに、ケネディの愛人のひとりはとても美しい女性で、マフィアのドンの彼女でもありました。つまり、マフィアのドンとケネディさんは同じ女性を愛人にしていたのです。それほどケネディ家はアメリカのマフィアと深くつながっていました。
西鋭夫のフーヴァーレポート
ケネディ神話の崩壊(2022年2月下旬号)-5
この記事の著者

西 鋭夫
1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。
西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。