新渡戸稲造
武士の美学というと新渡戸稲造の名著『武士道』についてお話しする必要があります。この本は世界的なベストセラーとなりました。新渡戸博士は英語で『武士道』を執筆し、日本人の心の拠り所を世界に向けて発信されたのです。
武士道ですからもちろん「切腹」についても記しております。新渡戸博士自身も明治や江戸の文化を肌身で知っている男ですから、英語でこれを丁寧に、そして素晴らしい英文で説明されました。彼は「私たちの神髄、すなわち武士が責任を取る時に腹を切るのは、ごく自然に日本文化の中に存在しております」と書いております。
英語圏の人間から見ると「腹を切るとは何と残酷な」の世界です。キリスト教では自殺をすると地獄に行くと思われています。日本人みたいに自ら、それも一番痛い腹を切って自殺するなど、にわかに信じることはできなかったでしょう。
ところで、一つとても大切なことを指摘したいと思います。それは、西欧では切腹を「自殺」と考えていることです。しかし日本人にとってそれは自殺というよりも「切腹」なのです。切腹の真意は、自殺という言葉ではあらわすことは出来ません。
セオドア・ルーズベルト
私にとっても新渡戸博士は特別な先生でした。アメリカでの留学中、新渡戸先生の『武士道』を読みました。最初に読んだときは10分の1ぐらいしか分かりませんでした。単語量が足りないし、文章が高尚すぎて分からないのです。
15~16年で5~6回目の読み直しをしてやっと分かりました。それほど美しい文章で、私たち日本人が考えないような角度から英語圏の皆さんに説明されました。
その中身も含め『武士道』は世界中でベストセラーになるわけですが、この本に大きな感銘を受けた人物がいました。セオドア・ルーズベルトです。彼は『武士道』を読み、「日本というのはこういう国か。これはすごい」と感銘を受け、息子や娘たちに「全員読め」、そして自分の側近たちにも「全員読め」と何度も読ませたようです。彼自身も何度も読んだそうです。
世紀の一冊
それで彼は日露戦争の仲介に乗り出します。早く終わらせようと急いだのだと思われます。あの戦争はもう1年続いていたら、私たちは負けているわけです。それで何とか引き分けにもっていってくれました。皆さん、引き分けですから日本は1円も賠償金をもらえなかったのです。ロシアは払うつもりはなく、戦争を続けたくてうずうずしていたのです。しかしルーズベルト大統領が「もういいよ、この辺でやめなさい」とやめさせたのです。
大袈裟に聞こえるかもしれませんが、『武士道』という一冊の本が戦争の勝ち負けを決めました。あの本がなかったらルーズベルトは割って入ってこなかったでしょう。乃木将軍や児玉源太郎がいくら優秀でも、私たち日本人は物量戦について考えることが苦手です。
当時ロシアではシベリア横断鉄道が出来ておりましたから、物資はどんどんと入ってきました。一方の日本は、船で遼東半島に物を運ぶのですけれど、運ぶといってももともと日本本土には物がありませんでした。ですから物量戦では敗戦濃厚だったわけです。それをあの一冊が救ったのです。
西鋭夫のフーヴァーレポート
武士道と切腹(2020年11月下旬号)-5
この記事の著者
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西 鋭夫
1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。
西 鋭夫
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1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。