切腹
三島由紀夫は左の腹に短刀を押し込み、右に向けて「真横一文字」に腹を切り裂きました。漢数字の「一」という文字が、腹に刻まれます。歴史上、切腹をした武士たちは「一」や「十」といった文字を刻みました。土佐勤王党のリーダー・武市半平太(1829〜1865)のように「三」という文字を刻んだ武人もおります。
切腹には流儀があるのです。私の父親がよく切腹の話をしていました。ご飯を食べる時にもしていました。切腹とは、武士の家では、特に男の子が3~4歳になったら扇子を持たせて、どうやるか教えるものだったのです。「こう入れて、こういくのだよ」とそんな感じです。私の父親が言っていたのは、一番良い切腹の形は「下腹に刺して、ぐっと一文字を書いて、そこから刃を上に向けて肋骨まで上げる」ということでした。
もちろんいくつかの形があります。横一文字に切腹したら血が溢れ、腸も溢れます。その時に、おへその辺りをぐっと上に引き上げる。そして三回横に切る方法もあります。お腹を刺したまま、意識を保つなど到底できません。それを当時の侍たちはやってのけたわけです。今の私たちはあのギラギラとした刀を見ただけでビビってしまいます。
死の美学
侍たちはそうしながらも、首を少し前に下げるようにしなければいけません。いわゆる介錯の刀がすっと首に当たるようにするのです。侍はまげを落として髪が長いので、ダーッとこの辺りまで垂れます。ですから、首のところで髪をうまく分けて、首がよく切れるようにするのです。日本刀が髪に当たると滑って切れないのです。
切腹という行為は、武士にとっては死に際の華です。すなわち、そこには死の美学があるのです。これを非常に大切にしました。そこでドジったら人生が失敗したことと同じです。
私が子どもの頃も切腹をする人がいましたが、その話になると、いつも「上手に切腹したのか、いわゆる男の美学、武士の美学を守ったのか」と、聞かれていました。
命の神髄
医学的にみれば、お腹は消化器官ですので、腹を刺してもすぐに死ぬということはありません。ではなぜ心臓ではないのか。なぜ腹なのか。
日本文化では腹に魂や心が宿ると考えられているからです。心臓ではありません。腹にあるのです。「腹を割って話す」と言ったら、「正直なことをお互いに言おうね」ということです。「腹黒い男」とか、腹を中心にした言葉が日本にはたくさんあります。すなわち、私たちの命の神髄はこの腹にあったのです。私たちの「心」も腹にあったのです。今、私たちは西洋の影響を受けて心臓だとか言っていますけれども、日本文化では「腹」です。
それを刀で切るのです。すなわち責任を取るのです。この「腹」を切って死ぬことに侍たちは美しさを見たのです。それが武士の美学です。
西鋭夫のフーヴァーレポート
武士道と切腹(2020年11月下旬号)-2
この記事の著者
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西 鋭夫
1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。
西 鋭夫
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1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。