幻想
人的なネットワークは私たちの人生を大きく左右します。しかしこの網の目のように広がったネットワークですが、いったいどこまで広がっているのでしょうか。どこかに終着点があるのでしょうか。
この途方もない問いかけに答える上で、フーヴァー研究所のニーアル・ファーガソン教授は興味深い論考を発表しております。それが「ソーシャルネットワークに未来はあるのか?」という論文です。FacebookやTwitterなどのソーシャルネットワーク・サービス(SNS)は、「グローバル・コミュニティー」を形作る理想郷だと、当初は思われておりました。しかし、ファーガソン教授は、ソーシャルネットワークの結びつきを楽観視すべきではないと警告しております。
私から言わせると、楽観視というレベルより、これは私たちの完全な誤解であり、単なる幻想だと思います。皆さん、今の国際社会を見て下さい。国境をなくして仲良くしている国などありますか。主権を完全に放棄して一緒になんでもやっていきましょう、などと考えている国はありますか。ないでしょう。
距離の重要性
身近な社会でも同じです。例外はもちろんあると思いますが、よほどのことがない限り、他人同士はどんなに仲が良くなってもそれぞれの境界を守ろうとします。完全に一体となるようなことなどあり得ません。夫婦関係もそうです。仲むつまじい夫婦であっても、互いに心地よい距離を保っているはずです。
私がアメリカに留学していた頃も、世界を一緒にしましょうという「世界共同体論」が流行っておりました。今ではEUですが、当時はヨーロッパ各国が石炭や鉄鋼を共同で開発して、共同利用していきましょうということで共同体を作っておりました。これがやがて欧州共同体(EC)となり、現在の欧州連合(EU)となっていきます。
その時にも大学で大激論がありましたが、多くの皆さんがもう国境なんてなくなり、世界はどんどんと一つの共同体としてまとまっていくのだ、と議論しておりました。でも私は、ヨーロッパの長い歴史を見れば見るほど、ドイツやフランス、そしてイギリスが一緒になれるわけがないと思っていました。
対話に対する盲信
「話せばわかる」というのも大いなる幻想です。SNSでは色々な情報をやり取りして、言葉を掛け合ったり、アイコンを送ったりするわけですが、共感を示すという点では一定の価値があっても、それが相互の理解に結びつくかどうかはわかりません。
皆さん、話せば話すほど相手の欠点が見えてきたり、相手と共有できない部分がますます明確になったりしたことはないでしょうか。世の中そんなものなのです。だからロマンティックな夢を見て、お互いに話して、損得の話もして、平和の話もして、それであと100年平和に暮らしましょうなど、もう最初から発想が良くありません。
むしろ違う部分をどう解釈し、そこにどう対応していくかが、最も重要なのです。それに失敗すると対立したり、戦争になったりするわけです。「話せばわかる」の世界観ではなく、話しても分かり合えない部分にどのようにアプローチするかが問われていると思います。
西鋭夫のフーヴァーレポート
人脈と政治力(2020年6月下旬号)- 5
この記事の著者
西 鋭夫
1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。
西 鋭夫
1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。