教科化
2018年、小学校で「道徳の教科化」が始まりました。もちろん、道徳はそれ以前から教科外活動として、すなわち「道徳の時間」として、学校教育の中で位置付けられてきました。しかし、道徳は今後、国語や算数と同じように一つの教科になったのです。2019年からは中学校でも「道徳」が始まります。
さて、小中学校の現場ではこれから何が起きてくると思いますか。私は、もちろん全てではないと信じたいのですが、決して少なくない数の生徒が、そして先生も、嘘をつき始めると思います。道徳という教科で成績をつけるなぞ、一体どうするのでしょう。生徒の中に、どれだけ道徳心が芽生えているのかなんて、わかるはずもないでしょう。
日本は気が狂ったのですか。道徳など教えることは困難です。形の全く見えない道徳です。教える側にもそれなりの資質が求められますよ。例えば、それを教える先生は尊敬されているのでしょうか。その学校は尊敬されているのでしょうか。
家庭内教育
道徳を教えるぐらいの人は相当、人徳がないといけないでしょう。教科書を読んで、「はい、これを覚えましょう」という世界で済む話ではございません。道徳は教えるものではなく、経験や行為の積み重ねがものを言う世界です。その期間も1日とか2日ぐらいで何とかなるようなものではありません。
子供や生徒を取り巻く家や地域社会も重要です。とりわけ、学校教育なぞ家庭教育の重要性に比べたら微々たるものです。子供たちは生まれた瞬間から学校に行く6歳までの間に、もうすでに家庭内での教育を徹底的に吸収しております。それは想像を絶するものです。
私のような男が、すなわち「ミスター餓鬼道」だった私が、大学を卒業し、その後にアメリカに行って学者になるのです。なぜそんなことになったのでしょう。学校教育の影響ではございません。
親の教え
私は22歳頃まで全く勉強しませんでした。その理由もないし、就職なんかもう高度成長期に入っていたこともあり、大学を出たというだけで2、3内定がありました。その時です。私は途端に勉強しようと思ったのです。日本にいるとしないから、と。
あの当時、アメリカに行くというのは、今で考えると月に行くような話です。あれは私の父と母が知識や学問が一番大切だ、と延々と言ってきたからです。もちろん私は聞き流しです。聞いていませんでした。
ところが染み込んでいるのですよ。その機会が来た瞬間バッと火がついたのです。だから皆さん、勉強しろと子どもに言わない方がいいです。勉強しろと言った時に、もう勉強しなくなります。嫌いになります。それよりも知識や学問がいかに大切かを伝える。それが重要なのだと思います。
西鋭夫のフーヴァーレポート
2019年4月上旬号「愛国心と教育」-8
この記事の著者
西 鋭夫
1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。
西 鋭夫
1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。