米政府の筋書き
2015年10月5日、難航を極めていたTPP(Trans-Pacific Partnership Agreement)の枠組みをめぐる交渉が大筋で合意に至りました。世間では「やっと合意か」といったところでしょう。報道によると、この合意の大きな目玉はほとんどが農産物についてでした。つまり、食べ物に関わる話です。
しかし、食べ物だけでこれほど長い間、議論が続くものなのか。なぜ米政府は、こんなにも長い間、交渉をし続けたのか。食だけに注目していては、TPP交渉の核心を見落としかねない。
TPPには、「知的財産」という極めて重要な事案をどのように考えるか、という問題がありました。この点で、政府高官よりも躍起になっていたのは、米国の大手企業とその弁護士たちです。彼らが合意文書の筋書きを作ったと言っても過言ではないでしょう。
合意文書
TPPの合意文書の一部を入手しました。皆さんもウィキリークスから入手可能です。リークされた合意文書は知的財産権に関するものでした。全部で60頁ほどあります。膨大な量で、文字が小さい。びっしり書かれている。
私はアメリカに50年間住んでおり、スタンフォード大学にも40年ほどおりますから、今更読んで分からない英語はありません。ところが、TPPの合意文書に書かれている英語は常識ではほぼ分かりません。特別にトレーニングされて、裏の裏を知っている卓越した弁護士か、熟達した外交官しか分からないと思います。そういう世界です。普通の人が読んで納得できる文章ではない。
私でさえ貧血を起こしそうな文章でして、脳を麻痺させるようでもう読みたくない。これを誰が、どのように日本語に直すのでしょうか。正確に訳すだけで5、6年はかかるでしょう。訳してみてはじめて問題の本質が見えてきます。そうすると大ゲンカになるでしょう。
知的財産
大ゲンカになったらどうなるか。英語の原文で確認することになるわけです。そうすると、超がつくほどの専門用語で書かれた文章を読まされ、「お前たちの解釈が間違っている」と言われる。聖書よりも、オックスフォード辞典よりも分厚い、100万字ほどの合意文書をもってきて、例えば何百ページのどこどこを確認せよ、と言われる。書いた張本人でなければ、何が言いたいか全く分からないでしょう。
TPP交渉における最大のポイントはどこか。ウィキリークスはそれがわかっているから、知的財産に関わるところだけをワサッと流した。これがどれだけ重大な問題か理解しているのでしょう。
知的財産に関する例を一つ挙げるとすれば、それは医療関係です。新薬の開発や開発方法、新たな手術方法など、これらすべてが知的財産に関わるものです。裏では莫大なお金が動きます。
西鋭夫のフーヴァーレポート
2015年11月上旬号「TPPと世界経済」− 1
この記事の著者
西 鋭夫
1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。
西 鋭夫
1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。