沖縄県知事のスタンフォード講演

by 岡崎匡史 October 19th, 2019

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From: 岡崎 匡史
研究室より

今日のブログは、セミナーの報告書になります。

会議やセミナーに上司が参加できないとき、部下は議論の内容をまとめて報告しなければなりません。しかし、講演内容をすべて文字起こしすると報告書が長くなってしまい、上司の目には留まらない。ですから、論点を押さえつつ、過不足なく報告しなければなりません。

報告書のまとめ方は、さまざまな手法があります。発言の「直接引用」を多用したり、部分的に「引用」する。この場合、正確性を期すことはできますが、読みにくい文章になりがちです。情報を素早く、わかりやすく報告するには、発言者の意図を咀嚼して、再構成してまとめることも必要になってきます。議事録や会議の報告書は、記憶が鮮明な24時間以内に書くのが一般的です。

状況に応じて使い分けた報告書の執筆は、研究者や情報分析官にとって必須の技術です。せっかくの機会ですので、先日作成したばかりの報告書を、そのまま掲載したいと思います。

概要

2019年10月15日(火曜日)作成


米国時間2019年10月14日(月曜日)午後4時30分より、沖縄県知事玉城デニー氏の講演がスタンフォード大学ポール・アレン・ビルディング(マイクロソフト社共同創業者の故ポール・アレン氏が建物を寄附)の一室で開催された。

講演のタイトルは「The Future of Okinawa--Sustainable Growth and Managing the U.S. Military Presence」(意訳:沖縄の未来ー持続的成長と在日米軍駐留基地の解決に向けて)というもので、45分ほどの講演と質疑応答が交わされた。聴講者は50〜60名程度。

参考までに「時事通信」は、次のような報道をしている。


沖縄県の玉城デニー知事は14日、米西部カリフォルニア州のスタンフォード大で講演し、日米同盟の重要性を認めながらも、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設に反対する立場への理解を求めた。玉城氏は教授や学生、市民ら約100人に対し、2月の県民投票で7割以上が反対の意思を示したことを紹介し「民主主義の正当な手続きで行われた民意に向き合うことこそ重要な政治課題だ」と指摘。「辺野古移設が唯一の解決策」との日米政府の主張は再考が必要だと訴えた。(「基地移設、米側が調査を=玉城沖縄知事」時事通信社、2019年10月15日)


私自身、ここ数年にわたり日本人講演者のスピーチをスタンフォードで聴いてきたが、玉城知事の講演は、一二を争うほど素晴らしいものだった。アメリカ人の心を掴む導入から、沖縄の米軍基地における問題点、民主主義という理念を日米が共有して歩むべきだとメッセージを託す内容であった。

ラジオのパーソナリティをしていた玉城知事のスピーチが上手であることもさることながら、優秀な日本人スタッフと裏方が同行していることを垣間見えた。

玉城知事をめぐっては政治資金問題が報じられており、今回の訪米に関しても、アメリカでの講演(今回が二度目)にどれほどの効果があるのか、アメリカに直接訴えて辺野古への基地移設問題が解決するのか、米軍が沖縄に駐留している地政学的な重要性を理解しているのか、税金で外遊しているのか、というように批判の声も挙がっている。

しかし、イデオロギーや偏見を抜きにして知事の演説を聴くと頷ける点は多くあり、少なくともスタンフォードでの講演は成功の部類に入るものであった。以下、玉城知事の講演骨子を、講義メモとしてまとめる。

講義メモ


(1)生い立ち
玉城氏は、沖縄に駐留していた海兵隊員と沖縄に在住している母親との間に生まれた。ところが、生まれる前に帰還命令が父親に下り、妻をアメリカに連れて帰ることができない。母は、玉城氏を沖縄で生むと決心し、子どもが落ち着いて2歳頃になったら、アメリカで一緒に住もうと父と約束していた。しかし、事情が変わり、母はずっと沖縄の地にいることを決断。そのとき、母は父親の思い出の品々をすべて焼却してしまったという。そのため、玉城氏は、父親の名前も顔も知らないまま育った。ひょっとしたら、父親はサンフランシスコの地に住んでいるかもしれないと身の上を語り、聴衆の笑いを誘った。

(2)普天間基地移設問題
玉城知事は、普天間基地移設問題の代替施設として沖縄県名護市辺野古に建設予定の基地に反対の立場をとっている。辺野古の基地に反対をすると、すべての在日米軍の基地に反対していると思われてしまうが、それは誤解である。知事として「日米同盟」を堅持している。だが、明らかに「不公平」な立場に置かれている沖縄の現状は、改善しなければならない問題である。

(3)日米地位協定
太平洋戦争で戦場となった沖縄の犠牲、占領下における県民の収容所生活、米軍基地が建設された歴史、米軍兵士による犯罪と事故、1972年に祖国復帰を果たした沖縄に「日米安全保障条約」が自動的に適用された経緯を説明された。さらに、「日米地位協定」の問題点を指摘し、米軍が公務の際に事故を起こしても、日本の法律が適用されない事実に言及した。公務外の犯罪であったとしても、容疑のかかった兵士が基地に戻ってしまうと、引き渡し要求をしなくてはならない。容疑者を引き渡すかどうかは、米軍の判断に委ねられている。これでは、沖縄がまるで植民地のような状態に近いのではないか、と疑問を投げかけた。

(4)水道水と有機フッ素化合物
沖縄県は、安全な水道水の提供につとめているが、由々しきことに有機フッ素化合物が浄水場で検出された。嘉手納基地や普天間飛行場の周辺地域に、何らかの原因があると推測されている。原因究明のため、沖縄県は嘉手納基地内の立ち入り調査を求めてきたが、許可がおりず、未だ実行されていない。憤りを感じるが、沖縄県は水質管理を徹底して、安全な水道水を県民と米軍基地に提供し続けている。

(5)米軍基地と沖縄経済
米軍基地が存在しなければ、沖縄経済が成り立たないという意見もある。もちろん、沖縄が本土に復帰した当時、沖縄経済の15パーセントは米軍基地に依存していた。しかし、近年の依存率は5パーセントに過ぎない。在日米軍が使用している土地が沖縄に返還されれば、企業の誘致や公共事業を行うことで経済を活性化させることができるだろう。むしろ、基地という存在が沖縄経済を停滞させている。

(6)県民投票
2019年2月、辺野古の米軍新基地建設に伴う沿岸部の埋め立ての是非を問う県民投票が実施された。埋め立て反対の票が70パーセントを超えた。この投票数は、玉城知事が沖縄県知事選挙で獲得した票数を上回るものである。もちろん、この投票結果に法的拘束力はないが、投票のシステムは民主的に行われたものであり、県民の民意を充分に反映していると言えるだろう。この民意を受けて、安倍総理にも沖縄の在日米軍の解決を求めてきたが、進展がみられない状況にある。

(7)新基地と軟弱地盤
辺野古の埋め立て沿岸地域は、軟弱地盤であり土地を安定させるには7万7000本もの杭を打ち込まなければならない。生物多様性が豊かな沖縄の海を土砂で埋めるのは環境破壊であるばかりか、技術的にも問題が山積している。忘れることなかれ、日本は地震大国である。現在調査中だが、辺野古周辺には二つの活断層が走っている可能性があり、震度6弱の地震が発生する恐れがある。しかし、現在計画されている工事の耐震は、震度4を想定している。米兵の安全のためにも、米国は自らこの地を調査するべきではないか。

(8)アメリカも当事者意識を
米国の軍事プレゼンスを日本で安定的に行うには、地域住民の協力が不可欠である。沖縄県民が反対している状況で、埋め立てを行うべきなのか。米国政府は「沖縄は日本の国内問題である」という姿勢をとってきたが、この方針は限界にきているのではなかろうか。日本だけが当事者ではない。物事には相手側がいる。相手側であるアメリカが、沖縄の民主主義の尊厳を踏みにじるような形で、基地建設を無責任に進めようとしている。玉城知事が、基地建設に反対だと主張すると「対案を出せ」と批判を受けるという。だが、知事としては、当事者の日本と、もう一方の当事者であるアメリカと議論を深めて、より良い解決案を探すのが筋だという見解である。

(9)米国民へのメッセージ
アメリカの皆さんには、当事者意識を持って頂きたい。今日、ここに参列している皆さまには沖縄の現状を知っていただき、地元選出の上院議員や政治家や大統領に手紙を送ってもらいたい。そして、米国民の要請によって、辺野古の基地問題を調査せよ、という世論を喚起してもらいたい。日本とアメリカは、民主主義という共有できる価値観を擁している。玉城知事は、アメリカの民主主義の力を示して欲しい、と呼びかけた。民主主義の尊厳を護り、県民の声を反映できる民主主義の沖縄でありたいと希望を語った。

以上、講義メモより。


ー岡崎 匡史

この記事の著者

岡崎匡史

岡崎匡史

日本大学大学院総合科学研究科博士課程修了。博士(学術)学位取得。西鋭夫に師事し、博士論文を書き上げ、著書『日本占領と宗教改革』は、大平正芳記念賞特別賞・国際文化表現学会学会賞・日本法政学会賞奨励賞を受賞。

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岡崎匡史

岡崎匡史

日本大学大学院総合科学研究科博士課程修了。博士(学術)学位取得。西鋭夫に師事し、博士論文を書き上げ、著書『日本占領と宗教改革』は、大平正芳記念賞特別賞・国際文化表現学会学会賞・日本法政学会賞奨励賞を受賞。