翻訳の苦悩

by 岡崎匡史 September 2nd, 2017

blog31.jpgFrom:岡崎 匡史
研究室より

翻訳は、とても難しい仕事です。頭が痛くなり、逃げたくなります。

考えれば考えるほど、自信が持てない。自分の英語力のなさを痛感します。

さあ、あなたも翻訳の苦悩を体験してください。

カエルは何匹?


松尾芭蕉の俳句で考えてみましょう。


     古池や 蛙飛び込む 水の音


国語の教科書にも載っている有名な俳句です。この句をきくと、なんとなく情景が頭に浮かぶことでしょう。うまく言葉には出来ないけど、なんかいいよね、と思ってしまいます。でも、この句を英語に直すとき、難問に直面します。

「蛙」(かわず・かえる)、つまりカエルはいったい何匹いたのでしょうか?

一匹だけが池に飛び込んだのか? それとも、2〜3匹が飛び込んだのか? ひょっとしたら、10匹以上?

1匹だったら「a frog」、2匹以上だったら複数形の「frogs」となります。ほんの数匹であったら「a few frogs」だし、4匹のカエルが池に飛び込んだと確実に言えるのなら「four frogs」としなければなりません。

でも、芭蕉の句だけでは、一体、カエルが何匹いたのかわかりません。さあ、どうすればよいのか?

翻訳不可能性


正直なところ、正解はありません。翻訳者の感性と力量に依ります。

とくに、詩や俳句は翻訳が難しい分野です。はたして、人工知能(AI)によって翻訳が完璧にできる世界がくるのでしょうか?

反対に、英語を日本語に訳してみましょう。

「Religion」

さあ、「Religion」をどう訳しますか? 

簡単ですね。あなたは「宗教」と答えることでしょう。

でも、この「Religion」という言葉は、幕末から明治初期にかけて、日本に入ってきた言葉です。日本を代表する思想家たちは、「Religion」を訳すのに苦心しました。


福澤諭吉(1835〜1901)・・・「宗門」「信教」「宗旨法教」
中村正直(1832〜1891)・・・「神道」「法教」
西  周(1829〜1897)・・・「教法」「宗旨」「教門」
加藤弘之(1836〜1916)・・・「奉教」「神道」
新島 襄(1843〜1890)・・・「聖人の道」「聖道」「教門」


いかがでしょうか?

言葉を一つ訳すだけでも、先人たちの様々な格闘があります。翻訳は簡単ではありません。翻訳者は、言葉の背景や歴史を常に考えながら取捨選択しているのです。

フーヴァー研究所に眠っている資料をわかりやすく伝えるため、私も英語と日本語の壁にもだえ苦しんでおります。

ー岡崎 匡史
PS. 以下の文献を参照しました。
中村元「『宗教』という訳語」『日本學士院紀要』日本學士院、第 46 巻、第 2 号、1992 年
磯前順一『近代日本の宗教言説とその系譜―宗教・ 国家・神道』(岩波書店、2003 年)

この記事の著者

岡崎匡史

岡崎匡史

日本大学大学院総合科学研究科博士課程修了。博士(学術)学位取得。西鋭夫に師事し、博士論文を書き上げ、著書『日本占領と宗教改革』は、大平正芳記念賞特別賞・国際文化表現学会学会賞・日本法政学会賞奨励賞を受賞。

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