ポリシー・ジェントルマン

by 西 鋭夫 January 30th, 2017

若者たちの手引き書


マッカーサーは、日本の若者たちが民主主義を学び、民主主義と共に成長して行くためには、手引書が必要であると思っていた。

社会科の専門家であったハワード・M・ベル博士は、教科書『民主主義』の作成を提案した。その直後、彼は文部省を指導し、『民主主義』の原稿作成に取り掛かるようにとの指令を受けた。

彼は、「もしアメリカが民主主義の美徳を、ソ連が共産主義の美徳を教え込む時のような、あの攻撃性と情熱をもって実行、指導しなければ、アメリカは窮地へ追い込まれる」との堅い信念を持っており、日本人著者を厳しく監視した。

特に、主幹編集者であり、執筆者であった東京大学の尾高朝雄教授からは目を離さなかった。

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尾高朝雄


民主主義と独裁主義


「我々は素晴らしい教科書を作成しております」と、ベル博士は、1948年4月13日、オア教育部長に報告した。

2カ月後、オアに「この教科書は、原著者によって、4回書き替えられ、尾高教授によっても修正され、さらに(英文)文章は、一行一句、日本語の原稿と付き合わせて、2度に亘ってチェックされました」と伝えた。

第11章の「民主主義と独裁主義」が最も重要な章であった。

ベルは、オアに「この章でソ連共産党を厳しく攻撃し、ソ連のボスたちに関しても辛辣な論述をしております。他の章は補助的なものです」と説明した。



お役人様


戦勝国として、日本の占領に加わっているソ連への攻撃は、文部省の役人たちを悩ませた。文部省の役人たちは、ベルに「第11章が教育基本法に違反しているのではないでしょうか」と念を押してきたが、彼は「私はそうは思わない」と一蹴した。

ベルは、「文部省の役人」を表現するのに、少し皮肉を込めて、「the policy gentlemen of the ministry」と言っている。

ベルはオアに、

「第11章に全力を投入しないなら、この本の有益さを大きく損なってしまいます。......冷戦の激化にも拘らず、我々の今日までの中途半端な活動に鑑み、物事をありのままに語らないのは、我々が臆病に見えると思います。私は、個人的に日本人著者の作品が極めて気に入っております」

と、自分が深く関わった作品を褒めた。


この記事の著者

西 鋭夫

西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。

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西 鋭夫

西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。