『アカハタ』を巡る攻防

by 西 鋭夫 January 2nd, 2017

ストライキの嵐


日本経済は、落ちるところまで落ちて、まだ落ち続ける。

日本共産党の日刊機関紙『アカハタ』は、日本政府が国民を救済することにしくじったと激しい批判を浴びせ続けた。また、街頭での共産主義者のアジ演説は驚くほど広範な国民の注目を集めた。

マッカーサーと日本政府が、ストライキをしてはならないと考えていた日本政府の公務員ですら、積極的かつ頻繁にストを行なった。

マッカーサーは、公務員たちからスト権を剥奪するため、1948年7月22日、芦田首相に長文の書簡を認め、国家公務員法の抜本的な改定を速やかに行なうべし、と指示した。



政令201号


マッカーサーは、故フランクリン・D・ルーズベルト大統領の言葉を引用し、「政府機能を麻痺させるために行なう公務員のストは、言語道断である」と言った。

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1週間後、7月31日、芦田内閣は、公務員のストライキを禁止する内閣布告(政令201号)を発令した。

同年11月30日、国家公務員法は、吉田首相(第2次吉田内閣)が指示した通りに「共産主義者たちが労働組織を支配できないようにするため」の改定が行なわれた。

1949年2月初め、トルーマン大統領の特使、ジョセフ・ドッジは極めて厳しい耐乏政策を実施するために来日した。国家予算は、名目上は均衡したかに見えたが、国民の日常生活は悲惨な状態であった。



取り締まりの強化


共産主義者たちは、「日本政府」「帝国主義」「天皇制」を精力的に攻撃し続けていた。恰も、国民の貧困こそが、彼等のエネルギーの糧となっているかのように......。

吉田首相は共産主義と戦う姿勢を取る。1949年1月、第24回総選挙の最中に、吉田首相は、特定の政党の候補者を支援する新聞の報道は違法であり、また新聞は全政党に平等な紙面を割かねばならず、特定の個人を攻撃することはできない、と新聞編集者たちに語った。

『アカハタ』の号外、「はたらく人民の代表、共産党衆議院議員候補者一覧」(1月11日付)が、選挙法違反で押収され、関係者の検挙まで行なわれた。

『アカハタ』は、吉田の意図を十分に理解し、この選挙法の「新解釈」に反発した。


この記事の著者

西 鋭夫

西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。

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西 鋭夫

西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。