教育勅語の運命

by 西 鋭夫 April 10th, 2016

文相の大演説


GHQが教育勅語について禁止令を出していないので、田中は、国会演説(1946年7月15日)で、国民は教育勅語を絶対に護らねばならないと述べ、教育勅語は実践されるべきで、そのためには日本の古典やキリスト教の「聖書」などを取り入れ、教育の新しい基礎を作るよう努力しなければならない、と説いた。

この発言をしたタイミングとその舞台は劇的だった。彼は「マッカーサー憲法」を審議していた衆議院の委員会で、この演説をした。

新憲法は国民主権を唱えていたが、教育勅語は天皇大権を擁護した文書であった。

これを十二分に心得たうえで、田中は教育勅語の優越を主張していたのだ。田中の演説はGHQの無策に挑戦した。


教育勅語の命運


GHQの教育部は大騒ぎとなる。

『ジャパン・タイムズ』で田中の演説を読み、激怒したバンス宗教部長は、オア教育部長に「教育勅語は絶対に学校内に持ち込まれてはならない」と言った。

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1946年8月6日、婦人教育担当のアイリーン・ドノバンが長いメモをオア部長に送った。オアはこれを教育部内で回覧した。

この8月6日付の「ドノバン・メモ」が教育勅語の運命を決める。

奇しくも、広島の原爆一周年記念日である。

ドノバン女史は、

「教育勅語をどう扱うべきかについて、日本国民の心の中に、そしてGHQにも混乱が生じている。これは直ちに解決されるべき重大問題だ。我々の勅語政策の発表が9カ月も遅れたことで、既に難しい事態(田中演説)が生じている」

と切り出した。


この記事の著者

西 鋭夫

西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。

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西 鋭夫

西 鋭夫

1941年大阪生まれ。関西学院大学文学部卒業後、ワシントン大学大学院に学ぶ。
同大学院で修士号と博士号取得(国際政治・教育学博士) J・ウォルター・トンプソン広告代理店に勤務後1977年よりスタンフォード大学フーヴァー研究所博士号取得研究員。それより現在まで、スタンフォード大学フーヴァー研究所教授。